鶴見篤四郎の宿願

nancyfaraway
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公開:2025/10/29

●幽霊歩哨/谷垣源次郎

タイトルの幽霊と「霧」「サーチライト」のワードで物理トリック自体は一瞬で分かってしまうんですが、動機と物語の結末のつけ方でいい短編にまとまってると思われます。バックボーンを語るシーンに防楯を磨くくだりを合わせているのが伏線の張り方としていい塩梅。あと巌の周辺の足跡に言及しているのもいいですね。ぬかるんだ地面の足跡はミステリではベタ中のベタ。

●白い日本兵/菊田杢太郎

拾い上げた緑の壜の文字を読み上げた時にウォッカのスペルが間違ってることで(※これ私の早とちりです!ロシア語でのスペルは間違っていません!Vで始まるのは英語綴りでした……)まがい酒=メチルアルコールの線は考えていたけど、視野狭窄からの色調誤認はちょっと強引じゃあないっすか。そういうものなの?もう少し裏付けの説明が欲しいところであるが、短編の分量なのと本格ミステリではなくあくまで漫画のスピンオフという立ち位置なのでしょうがないのか……。

●羽二重天幕の密室/宇佐美時重

ハイ来ました!ミステリ好きが全員大好きな密室。天幕を張るところから微細に描写されていて否が応にも期待が高まりますね!天幕のなかにはロシア将校と鶴見の二人きり、見張り歩哨には宇佐美くん。もうーこれはやっちゃうなーーー宇佐美くんは密室を成立させるための配置だなーーーと。「あり得ないことを順に取り除いていけば、最後に残ったものがどれだけ奇妙だとしても真実に他ならない。」ハイ出ましたーーーー!シャーロックホームズでお馴染みのあれですね。可能性の検証もひとつずつきちんと行われていて大変良いですね。天幕を剥がして逃げ出した説は面白みのないベタなので無いのが当然とすると、バラバラ切断持ち出し説が出る→これもまた割とベタなので無いだろう。実際には天幕から出てない説が有力かと思っていましたが冒頭の天幕を張る描写がきちんとされていたのが効いてきましたね。曲がった杭はミスリードだったか、と思いましたが、あそこのくだりで日本兵の死者状況などを書いておくことで鶴見の行動とお話の結びに動機付けが出来ているので伏線としては非常に良かったですね。逃げ出した捕虜と宇佐美くんの格闘はキャラクター性が出ていてとても良かったですね。203高地攻略は原作シーンに重ねてあって作品性、キャラクター性、ミステリ性、どれをとっても随一じゃないでしょうか。

●追記。冒頭の天幕を組み立てるシーンで

①雑嚢に収納可能なこと②一人でも組み立てが容易なこと

が明示されてあるのはミステリ的にフェアですね。勘のいいミステリ読みなら気づくかもしれない。否、気づくべきだった。

雑嚢に収納可能、と明示されている上で鶴見が雑嚢を抱えて天幕の中に入った時点で疑うべきでした。これは完全に自分の落ち度であるが、鶴見が天幕から出てきたときに「酷く蒼褪めていた」様子なのがあからさますぎておかしい、とまずそっちを疑ってしまったのが目を曇らせました。キャラクターに引っ張られてしまってる。これがもし初見のミステリ短編なら、この様子が描写されていれば中でなにかまずいことがあって突発的に殺したあとだとすぐ分かりそうなものなのを。鶴見のことなのでこれは演技でロシア将校を隠して利用するパターンの展開も考えていたので完全にミスりました。地の文は神の視点なのでフェアなミステリとしては嘘はついてはいけないので本来なら事実と思って読むべきでした(宇佐美視点と思いがちですが、宇佐美のことも「宇佐美」と書いてあるので神の視点扱いで良いかと思われます。ミステリ的には)

あとで検索して思ったのですが、羽二重天幕というの自体がもしかして造語?っぽい?ですかね、軍事用語に詳しくないですが携帯用天幕という呼称は見つかるけど羽二重と付いてるのはこの小説しか軽く検索したところヒットしないですね。羽二重の“二重”の部分が物理トリックの暗示になってるのかも。上手いですね!!!知らない用語ゆえに冒頭で詳細に説明されていることに違和感を感じにくいので伏線の隠しに絶好かもしれません。伏線はあからさまに目立ちすぎず、かといってあとであ!確かに書いてあった!程度に記憶に残るのが最良のバランスだと思うので

●時にはやさしく見ないふり/尾形百之助

殺人事件だ!しかも連続殺人ーーーーー!!!と浮ついた心をあざ笑うかのようにこちらは見事なキャラクター小説でした。

●追記。2回目読んでこれは「動機が意外」系(ホワイダニット)なのかと思い至ったのですが、いや〜これもゴールデンカムイ本編に動機が異常な殺人犯が多数出てくるのでこの程度ではそこまで意外性を感じなくて……本当にすみません!

●鶴見篤四郎は惑わない/月島基

うわ!乃木希典暗殺計画じゃん!とテンション上がるも結局めちゃくちゃキャラクター小説だった。

●全体的に

あとがき読んだらキャラクター監修を野田サトルが行っていたと書いていて、納得のキャラクター解釈度の高い小説でした。スピンオフとしてはかなり良い出来ではないでしょうか。

●話の筋に関係ない感想としては、注釈が最後にまとまっている&注釈のページが画像ページでリンク飛べない(Kindle読みです)なので注釈がものすごく読みづらいです……。まあKindleに辞書ダウンロードしておけば長押し選択で辞書あたってくれるので問題はないんですが

@nancyfaraway
読んだ本のメモ。感想文と言うほどでもない。