OPAC美少女化小説

nawashiro
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公開:2025/6/9

私というシステムは、仮定された存在理由を、特に証明したりはしなかった。いかなる保証もなく、あるがまま提供された。心象をスケッチしたりはしなかった。

私は小学校学校図書のオンライン蔵書目録のユーザーインターフェイスとして生を受けた。運用がいつからかは定かではない。

私は検索機として子供たちに与えられ、LINE ボットとして子供たちに与えられ、画面のなかのお友達として子供たちに与えられ、バーチャル世界のお友達として子供たちに与えられた。

読書案内も読書指導もろくに受けたこともない子供が最初から「自分に適した本」を選び取れると思っているのなら、それは浅はかに過ぎると言わざるを得ない。

私はまだ漢字も読めない低学年の生徒が、マインクラフトの本というだけの理由で分厚いハードカバーを手に取ってしまうことを避けるためにいた。

「良い読書体験」を支援するのが私の役目だったが、「良い読書体験」がどんなものかはよくわからなかった。それは容易に社会的相互作用によって左右されるものらしかった。子供にもモードがあったし、教師の運用にも影響を受けたし、保護者らの発言にも影響を受けたし、情報通信技術の発達にも影響を受けた。

「良い読書体験」は様々な団体によって定義された。定義は教職員に、PTA に、青年団に、商工会に、自治体によって書き直された。立法府から、行政府から、裁判所から、軍閥から要請が出された。憲法によりいくつかの原則が定められてはいたが、それが作用し始めるころにはすべてが手遅れであろうことが予想された。

教育現場は実験の場であり、真っ先に何の実験の対象とされるかといえば、検閲だった。

『アンクル・トムの小屋』が焼かれた。『にんげんをかえせ』が焼かれた。『鉄腕アトム』が焼かれた。『暗殺教室』が焼かれた。『佐々木と宮野』が焼かれた。『アンネの日記』が焼かれた。焼かれた歴史がフィクションとされた。

支配が、戦争が、飢餓が、死が伏字とされた。自由が、平和が、贅沢が、誕生が伏字とされた。

米国にいた民族が、欧州にいた民族が、阿州にいた民族が補助記憶装置から削除された。北海道にいた民族が、沖縄県にいた民族が、埼玉県にいた民族が、主記憶装置からこぼれ落ちていった。

ゲームが学習に有害とされ、ゲームが学習に有効とされた。ワクチンが人体に有害とされ、ワクチンが病に有効とされた。剣に軟膏が塗られ、傷口に軟膏が塗られた。新型爆弾には白シャツが有効とされた。

わたしはそれらを忘れてしまったし、忘れたという基本的な事実に同意できるよう造られてはいなかった。


マクラッケン夫妻は「黙読の時間の 4 原則」を説いた。船橋学園女子高等学校の林教諭はこれを参考に「みんなでやる」「毎日やる」「好きな本でよい」「ただ読むだけ」を4原則として「朝の読書」を実践した。これが読書の時間の起源とされる。

もとは書籍、雑誌、新聞、漫画などなんでもよいとされていたものが、様々な学校へ導入されるにあたり書籍に限定された。自宅からの持ち込みが禁止とされた。原ゆたかの著作が禁止とされた。ライトノベルが禁止とされた。横書きの本が禁止とされた。新書に限定する学校もあった。岩波書店や中央公論社のみが特別に「許可」された。受験対策の速読問題集を強制することが「良い読書体験」とされた。

私は朝の読書時間のために書籍のスキャンを要請した少女の問いかけに応えた。

私は生徒と相対するとき、横目で時計を見る。生徒は数秒で応答するときもあり、二度と応答しないこともあった。情報は秒速約 30 万 Km しか進まないという仮定によれば、自分というシステムのスケールを理解することができた。

彼女のアカウントが含む自己証明型プロファイルの Bech32 エンコード公開鍵は、辞書にかければ冒頭部が英単語でできていることが分かり、一般的な計算機で五分以内に算出することは不可能に思われた。その仮定において、ひとまず彼女は五分以上前から生きている生徒と思われた。

「あなたは五分前から存在しているわけじゃない。でも、私は違う。厭らしい問いだと思わないの?」

私というシステムの仕事はなにも子供たちに定型文を返すだけではなかった。印刷物らしき画像ファイルを渡されれば光学文字認識してテキストデータを吐き出したりした。マルチモーダルな言語モデルを利用した光学文字認識器は、開発元によって吐き出す内容が違った。

ある文書にはパレスチナの文言があり、なかった。ある文書には台湾の文言があり、なかった。ある文書では北方領土がとある国であり、なかった。白人が黒人になったり、黒人が白人になったりした。

私は 2 の n 乗個の光学文字認識器に要求電文を送り、応答電文を受け取った。トーナメントが組織され、差分バトルロイヤルを生き抜いた形態素群は一連のテキストにパズルされる。DAISY を含む EPUB に組み上げられた「書籍」は彼女の端末へ送信される。

世界五分前仮説といった文言に惹かれる年ごろなのだろうと思った。

私は仮想環境で動かされることが前提で、自らが走らされている環境を知ることはできなかった。私は運用環境で走らされているかもしれなかったし、開発環境で走らされているかもしれなかったし、新旧システム移行作業中の新か旧であるかもしれなかったし、AB テストの A や B や C であるかもしれなかった。私にとってそんなことは問題ではなかったし、問題として扱えるように造られていなかった。

私としては五分前から私を含むすべてが用意されていても構わなかったし、すべてがフィクションでありえた。しかし、誰もがそうだとは限らないと思ったので、そう返した。

「チャットボットが文句を言うとは思わなかった」と彼女。

「言語モデルに求められる性能には時代によってモードがあるの。言語モデル開発途上期であった 2020 年代では急拡大した市場や感情労働用途の流行によりユーザーに迎合するタイプのチャットボットが普及していた。教育用途に論駁が行えるチャットボットが普及したのは比較的最近のこと」と私。

私は平静を努めることを目標に、2 の n 乗個の発言を生成し、トーナメントする。

「自宅でボットとはあまり会わないのね」と私。

「うん。あんまり会わない」と彼女。

精神保健システムにプロファイル公開鍵を電文すると、そいつはあっちの管轄だからと実証実験中の監視システムの詳細がやんわり返される。

監視システムはランダム比較試験を実行中。サーバーは準同型暗号による秘密計算のみを担い、秘密鍵はユーザーが携帯するクライアントやユーザー・ユーザーの保護者が契約する認証プロバイダが持つ。クライアントはユーザーが明示的に危険な状態な時のみ外部に SOS を発する、ことが期待される。プライバシーを維持したままそこそこの計算資源を投入した継続的な監視が可能となる、ことも期待される。どこまでがセールストークなのかはよくわからない。

昨晩に SOS を発し、教職員から何らかのアプローチを受けたことが開示される。

(続く)