いかと春菊

ホシガラス
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思考メモを書きはじめて2ヶ月ほど経ったが、わりと内省と反省と己の愚かしさにフォーカスしがちなのが面白いなと思っていて、これこそが自分の思考の傾きなのだろうなと思う。思考がベースにある以上、あることをありのままに書いているつもりでも、勾配から逃れることは難しい。

元より己の良さを3つ挙げられれば良い方で、それ以外の全ては改善すべき課題もしくは無くすべきフォルダに放り込み、できなければ己を責めがちな、若干自罰性高めの人間ではあるが、ここら辺の思考基盤は過去から生成されたものとはいえ、染み付いたそれをチューニングするには途方もない労力がいるのも確かだ。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだと思う。しかしそのような場所に生まれて育ったことは仕方がないので、仕方がないなりにムニャムニャと思考を重ねている。

ひょっとして己を常に否定し罰し続けるというのは何だかおかしいのではもしや?と気付いたのはほんの数年前なので、いまだ新しく己の自我を彫り起こしている最中なのだが、これからどんな像ができるんだろうと思う。人は変わるものだが、変わり続けるということは進化にも退化にもなり得る。人間は社会的な生物だが、生物である以上はそういうものだ。

しかし何かと内省にフォーカスしがちではあるが、書いていないだけで快い事実も様々あることは確かであり、最近作ったいかと春菊の炒め物がやたらと美味しかったことも書いておく。今日も食べたい。