椎名林檎さんについて語ると本当にめんどくさい古参ファンになるのが怖すぎてあまり表では言葉にはしないでおこうと心に決めている。
以前からここキス。や本能などをTV で歌う姿は度々みていたが、こんな人がいるのかーと気になるくらいだった。そんなある日、完全に心を打ち抜かれたのは20年ほど前の報道番組で「歌舞伎町の女王」と「茎」を歌う彼女に出会ったのが全てのきっかけだった。当時10代だった私にはものすごい衝撃だった。こんな人がこの世にいるんだ、こんな世界を作る人がいるんだ、それを世に出す人がいるんだ、この時代に、という衝撃。女=男の後ろを歩くおしとやかさをもち、会社ではお茶汲みでしょ、みたいな時代に売るのは自分だけとかJR新宿駅の東口だとか聞いたこともないとんがった言葉とメロディ、茎のように美しくて残酷で芯を持った強さのある歌詞…根暗で友達もいなかった自分が必死に綺麗に生きることが正しいこと、愛だの友情で生きなくてはうううでも苦しい…となっていた私の思想を全てぶち壊したのが彼女だった。私の10代の頃の人生観をだいぶ変えた人だと思う。こう生きてもいいんだと教えてくれた人だと思う。
そして私は女という性に対してもずっと嫌悪感を持っていて、ずっと苦しかった。私は女として生まれたはずなのに「女」という要素は何もなかった。男っぽい趣味が好きだったし、女の子とは話が合わない、肉付きのいい体も、胸もない。声も低い、暗く生きていたので猫背で表情も乏しく顔も全く可愛くない。髪の毛はずっとショート、スカートは履かない、服は男ものも買う。でも生理は容赦なくくるし、女だというものを嫌でも体が教えてくる。ホルモンのせいで体調は崩すし、ただ苦しめられていただけだった。
だから彼女を目の前のテレビで見た時、本当に女という憧れの姿と見た目だけじゃない内側の強さ危うさ色気才能を全てを持っている人が本当にいるんだっていう、人を宗教や神様には絶対にしないとは決めているけれど、それくらいの気持ちになった。私の光みたいな人になった。女であることがとても楽になった。女であることに希望が持てた。この人と同じ時代に生きて同じ性別でいてよかった、そう思えた。
生きることだいぶだいぶ辛かったけど林檎さんの音楽で生きてここまでくることができた。生きてしまった。今は色々と年を重ねて林檎さんの音楽もまたあの頃とは違う別の角度で楽しめている。彼女のように女を謳歌はできてないけれど、同じ女という人間としてこれからも生きることの人生のBGMとしてあってほしいと思う。
まだまだ語りたいのでまた次に書こう。