
兄弟はたくさんいたらしい。ただ早々に散り散りになったようだ。母親は弱っていたところを保護された。父と最後までいたのが僕だ。
嵐の直前だったらしい。ゴミだらけの公園で丸くなっていた父と僕は、人間に保護をされた。逃げていたわけではないけど、父も僕も慎重な性格だったのだ。保護施設では散り散りになった兄弟がいた。母はいなかった。
僕達兄弟は大阪という街に住むボランティアに連れられて、故郷の石垣島を後にした。上新庄にある猫カフェで、僕達はしばらくのんびり過ごした。人間がたくさん来て僕はソファの下に隠れていたが、怖くはなかった。ビニール袋やカラスに比べれば、どうってことはなかった。今でもビニール袋のガサガサする音や、カラスの鳴き声が遠くから聞こえると、主人の椅子の下に隠れてじっとしている。あいつらはどうにも苦手だ。
定期的に大阪市内の譲渡会に連れて行かれて、色々な人間が僕の前を通り過ぎた。そのうち今の主人がやってきて、僕を家に連れて帰った。主人の家には女の子が2人いた。彼女たちは僕をすぐに撫でようとしたが、僕は逃げ回ってベッドの下に隠れていた。主人はそれを見て、子どもたちを部屋から出し、しばらく僕を一人にしてくれた。なんとなく暮らしやすそうな家だと思った。
この家に住んで5年が経つ。主人は相変わらずあまり僕に構わない。僕が近づけば顔を撫でてくれるが、その程度だ。僕も人に甘えるのは好きではない。たまにさみしくなる程度だ。子どもたちも大人になった。かわいがってくれるが無茶はしない。奥さんはそもそも僕に興味がない。ほったらかしで大変居心地がいい。
時々窓のそばの棚の上で外を見る。道路と空が見える。たまに車が通る。良い風が吹く季節は、網戸だけになる。ヒゲに風を感じながら、空を眺めている。網戸をひっかきたくもならない。引っ掻いたところで破れるだけだ。カラスのいる外に出たいとも思わない。朝と夜に家の中を一周して、異常がなければそれ以上に何も求めない。平穏無事である以上に大切なものはない。ぽかぽかと温かい日は、石垣島のゴミだらけの公園を思い出す。でもそれも段々とぼんやりとしてきている。このままいつか、お気に入りのこたつの中で死ぬのがいいなと思う。その時に、この家の誰かが少し遠くで見守っておいてくれるなら、さみしくなくて丁度いいなと思う。