しやすさについて

love-neniye
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公開:2024/6/5

幸いにして、あるいは不幸なのか、私は酒もタバコも嗜まない。

とはいえ、そういったものを嗜む人たちの間で交わされている会話を聞くことはある。その中でも「このお酒は飲みやすい」という言葉が特に印象に残っている。

たとえばこれが甲殻類の類いの蟹だったりするならわからなくもない。甲羅ごと食べれるソフトシェルクラブなんかは別として(これ、確かミスター味っ子で出てきたのが自分の中では初出)、可食部分ではない甲羅を分別する作業に手間がかかるからだ。そういった作業も込めて蟹を食べる行為だと考える人もいるだろう。ただ、食べやすいかどうかという基準で考えれば、蟹というのは食べにくい方だと思う。

ケンタッキーフライドチキンは、部位によって食べやすさが変わる例だ。日本では5つの部位にわけて販売されている。ドラムはフライドチキンの王道という感じで、一部スジみたいな部分もあるけど、食べやすさと味のバランスがいいと思う。胸あたりのキールは軟骨(やげん軟骨)しかないので食べやすい一方、調理の具合によっては熱が通り過ぎて固めになってしまっているときもあるので嫌いな人もいるかもしれない。同じ胸肉系統のリブは見た目のボリュームが大きいが、骨(あばら骨)が多くて食べにくい。個人的には一番苦手意識がある部位だ。手羽先に相当するウイングは、骨の外し方によって劇的に食べやすくなる。一番ボリュームのあるサイは、意外と骨は少なくて食べやすいし濃厚だ。ケンタッキー経験の初期にありがちなのは、リブとサイの区別がつかないことだろう。

最近、台湾パイナップルを買ってきて食べた。パイナップルは食べにくいフルーツかもしれない。カットされたものや缶詰などは別として、あの皮をむく作業は手間がかかるし、ゴミもたくさん出る。しかもパイナップルの皮は棘みたいにチクチクしている部分があるから厄介だ。そういえばミスター味っ子ではパイナップルの中身をくりぬき、カレールーを入れる容器として使っていた。そして記憶が確かなら、中身は直にゴミ箱に捨てていたような気がする。肉を柔らかくするためだとしても、果肉を捨てる必要はないし、それだけの手間をかけるのはちょっとなあ、とは思う。

評価が難しいと思うのはコンビニで売っている蕎麦だろうか。基本的に麺は食べやすいのだけど、乾燥したりして麺が固まってしまったときはちょっと食べにくい。一昔前は「ほぐし水」がついていたのだけど、最近では麺を改良して「ほぐし水」は不要になったと謳っている。この「ほぐし水不要論」に対しては首肯しがたい部分もある。どうでもいいことだが、ちょうど「ほぐし水」がなくなった頃に「水グミ」なるものが出てきた印象があり、関連があるのかどうか気になっている。

さて、酒は液体なのだから、蟹やパイナップルのような前処理は必要なく、口元に運べば飲めるはずだ。なのにどうして「飲みやすい」かどうかが話題に上がるのだろう。それに味や風味のことについて語られないのも奇妙に感じられた。

飲みやすさの有無はいったん脇に置いとくとしても、「飲みにくいけど、おいしい」とか「飲みやすいけど、風味はいまいち」とか、会話としてはそういう方向に展開していくのが自然に思える。でもそのときの会話は「確かに飲みやすいね」というのが相手の反応で、お互いにその酒のテイスティングが完了したという感じだった。

その酒に関してはたまたまそうだっただけなのかもしれないし、その二人のやりとりがたまたまそうだっただけかもしれない。想像に過ぎないけれど、酒の味や風味に関しては個人の好みによるところが大きいから、あえて話題には出さない方が円滑な関係を保ちやすいという経験則のようなものがあるのかもしれない。アルコールのせいもあってお互いギスギスしてしまいがちになるというのはあり得る話だ。だから評価を下すのは「飲みやすさ」だけにしておく、といった暗黙の了解がコミュニティ内で形成されている可能性もある。


一昔前、たとえば何か楽曲の感想として「聴きやすいですね」と答えている人がいたとしたら、その感想コメントは曲の中身に触れておらず、ちょっとピントがずれてるんじゃないか? と考えたりすることもあった。まさに酒の例のように。

しかしイージーリスニングというジャンルがあり、それを求める人達が一定数いて、聴きやすさというものが大切にされているという事実もある。確かにBGMとして使いたい場合、聴きやすさというのが優先事項になるのもわかる気がする。おそらく対極に位置する「聴きにくい」音楽への反省ないしアンチテーゼみたいなこともあるのだろう。

そんなふうに考えてみると徹底的に飲みやすさを追求したイージードリンクというジャンルがあってもいいような気がする。たとえ水であってもむせてしまうこともあるわけで、液体であれば飲みやすいとも言えないのだから。