自分はいつから痛みに鈍感になったのだろうか。
”物理の痛み”に鈍感になったのはきっと、出産がきっかけだろう。
十月十日お腹の中で赤子を育て、強烈な陣痛に耐えて、お尻にかけての皮膚を裂傷しながら、命懸けで出産した。6年と半年も前のこと。あれだけの痛みだったはずなのに、その時の痛みを今はもう覚えてすらいない。
怪我をしたり、頭痛や腰痛など日常で起こる不調も「たいしたことない」となりがちなのは、きっとあの日の出産からだと思う。あまり良いことではない。
では、”精神的な痛み”にはいつから鈍感になってしまったんだろうか。
それもまた思い出せない。でも気づいたら痛みを昇華する術を身につけてしまっていた。そして、きっとそれをやりすぎたのだ。
気づけば、痛みそのものを感じなくなってしまっていたことに気づいた。
「なるようにしかならない」
というのは事実で、外側(環境や他人)をコントロールすることは不可能だけれど、だからと言って痛みを感じなくていいことはない。
ちょっとドライになりすぎた。故に私の心は今凍っているのかもしれない。
これから暖かくなる。今年は去年よりも猛暑になるそうだ。
私の心の凍結も少しは溶けていくかな。