時間の踊り場

neyu
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公開:2026/3/4

 昔から、踊り場みたいな時間が欲しくて、夜更かししてしまう。今は体感しがたい、2つの時間について思いを巡らせる。


 FM局で日曜25時30分頃から、放送リストに無い音楽の流れる時期があった。たぶんテスト放送をしていて、放送のある週もあれば、無い週もあった。始まる時間もまちまちだったし、1時間くらいの日もあれば2時間くらい流れる日もあった。radikoでは流すことが出来ず、手元の環境ではCDコンポでしか聴くことが出来なかった。

 その時間帯には、自分好みの曲が流れた。the band apart、ZAZEN BOYSあたりが深夜の常連だった。流行りの歌が多く流れる日中には考えられないような選曲だった。日曜の夜にバンアパのライブを観て、深夜のラジオを待っていたら、ライブのセットリストが流れた日もあった。とても嬉しかったのをよく覚えている。何人かSNSの相互フォローのひとたちもその時間を楽しみにしていて、「あの曲流れた!」「ねぇ、この順番ってもしかして…?」とつぶやいたり、だれかのつぶやきにいいねを押していた。自分の部屋で、だれかとつながったりつながらなかったりする穏やかな夜があった。

 当時は20代で、あらゆるエネルギーがあったのか、特に意味もなく夜更かしして、毎日2時ごろに寝ていた。仕事から帰ってきて、毎晩食事を作って、毎晩文章を書いて、家にいるのが嫌いだったからよく外に出ていた。物理的には満たされているのに、心は満たされていなかった。心の空腹感をあらゆるエネルギーに変えて、自分の数割増しの出力をするのがデフォルトになっていたように思う。翌日も仕事なのに、毎晩2時まで起きてるって元気だな。エネルギーを持て余した1日の終わりに流れるラジオを、私は毎週楽しみにしていた。


 毎週金曜の24時40分頃から、空耳アワーをみていた。深夜残業が常態化していた職場に勤めていた頃は、金曜と土曜の休みが多かった。金曜の夕方まで溶けるように眠ったあと、1週間の仕事を終えた家族と、味の濃いつまみと酒を飲んで、1日を締める時間だった。酒でぼんやりした頭で、聞き間違いから下ネタまで、手の込んだ映像でひと笑いしてから、眠りにつくのが毎週の楽しみだった。


 もともと、この記事の表題を「深夜のradio 淫猥なテレビジョン」にしようと思っていた。これは、the band apartの「裸足のラストデイ」という曲の1節で、私の書きたい空気を表しているフレーズだった。

 「裸足のラストデイ」は、ベースの原さんの書いた曲だと記憶している。バンアパは全員がコンポーザーで、今は発案者が詞を書くスタイルだったと思う。原さんの書く詞は、時々社会への違和感や馴染み辛さについて書かれている。外で擬態できても息苦しさを消しきるのが難しい私は、職場への行き帰りの電車で原さんの詞に何回も助けてもらっていた。

 あの頃のCDコンポは引っ越して以来箱から出していないし、タモリ倶楽部も終わってしまった。あれから何年か経って生活も大きく変わったけれど、相変わらず時間の踊り場が欲しくなる夜がある。今は、家族の寝息の聞こえる中、無音でスマホを眺めて、時々文章を書いている。

@neyu
寝湯がすきです。