「あーハマりそう」
「ホントに清貴みたいな子タイプ」
遊ばれてんのか俺。大人はよく分からない。大人って人前で泣いたり転んだりしないと思ってた。左腕に時計を毎日付けては気にして、暗算も出来て、微妙なおかずも残さず完食することだと子どもの時から思ってた。
普段、整った顔で愛想振りまくこの人は、こんな糸が緩んだふにゃふにゃな顔をする。
でも本当は眉をしかめて愛を見定めるし、俺の反応を確かめるためにヒステリックを演じるし、子どもも動物も苦手だ。言葉が通じないから意思を図れないと言う。別にとやかく言うつもりは無いけど。
ブランケットをかけて、俺が目を閉じた後も生身の肌の感覚を求めている。この人は性欲が強いってわけじゃないのに人肌の感触と温度が好きだ。なんだか満たされない寂しい人だった。
大人って責任が付随して言いたいことが腹の底で沈むから可哀想だなってこの人を見てると時々思う。
俺に好きだと言ってきたと思ったら、言わなきゃ良かったと頭を抱えて泣くほど後悔したあの人は、俺が受け入れる姿勢を見せたら、それを許せないとでも言うように否定し続けた。コロコロ変わる態度で何を言ったって、俺を好きだって顔をしてたから、説得力なんて何も無かった。丸め込まれて、このまま行く先を決めて欲しい、みたいな相手任せの面倒臭い思いがダダ漏れで、それを言葉の節々から感じる度にコントローラーは俺が操作してるんだって思った。自分の感情を持て余して俺に当たってくるのを面白がってたら、シンプルに怒られた。
俺が、掛け持ちしてるバイト先の事務所に寝泊まりしてることを知ったら、自分の家に来ないかと持ちかけた。随分と人が良いなと感心した。歳下とはいえ、タクシーの金を出させて家に上がり込もうとしたし、湿気臭い空気がうざったくてキスして無理やり終わらせようとしたのは俺だったのに。
カーテンの隙間から陽の光が差し込む。どうしてもまだそういう気分じゃないので目を逸らした。隣に寝てるはずの年上の恋人がいない。多分朝ごはんを済ましているんだろう。朝ごはんはいつも広芽くんが作る。俺は食べない日の方が多いので食べる日は作ってくださいと申請制だ。広芽くんはこれまたこだわりがあり、毎朝同じものをルーティンで食べる。時間が無い時は味噌汁の中に全部入れて胃の中に流し込む。けれど、最近は俺が気まぐれで買ってきたまま放置していたホットサンドメーカーを使っている。卵焼きにしていた卵はスクランブルエッグにして食パンに挟む。
半同棲するにあたって一番の問題は金銭面。歳下で学生の俺は社会人の同棲相手に従うしかない。前に、俺も金出すと言ったら、「払いたいの?」という変な聞き方をされた。払いたい、払いたくないの気持ちの問題じゃなくて、払わなきゃいけないものだろ。広芽くんは続けて「いやー君意外と手がかからないし。ご飯も勝手に食べてるし、病気にもかからないし。」と言った。確かに金遣いが荒めでエアコンもガンガンつけるタイプには響かないのかもしれない。そして俺はペットみたいな立ち位置にいるのかもしれない。
食器を片付ける音や歯磨きをする音がキッチンから聞こえた。起きてもベッドでスマホを触っていた俺に、ガラスに入った水を持ってきてくれた。俺を跨ぎ、空いた手で水色のカーテンを開ける。
広芽くんがゆるいスウェットから通勤服に着替える。シャツがピシッとした音を出す度、広芽くんは大人だなってベッドの上に座り直し思う。大人は俺よりも早く起きる。そして、大人は俺の目尻をなぞり、頬を撫で、顎の下で指を合わせる。「鍵かけてね」と言い残し、軽くドアを閉めた。