「母さんのどこが好き?」
「今日のご飯美味しい?」
子どもの頃の記憶だ。明るいところが好きだと答えたら、母に明るさを強要してるみたいに思えてきた。真剣に答えたとしても自分の中で折り合いがつかなかった。
手作りのご飯と、冷凍食品やスーパーの惣菜の違いが分からなかった。下手して製造された食品を選んで美味しいと言ったら、悲しむかもしれないと思って、簡単に美味しいと言えなくなった。勝手に息苦しさを感じていたのは自分だけ。早く家を出たかった。
自分だけの城は随分と居心地が良かった。実家にいた頃どれだけ気を張っていたかが分かった。コンビニで好きな物を自由に買えるのも楽しかった。ファーストフード店やファミレスも、初めて行く時は注文の仕方が不安で緊張したけど、先に友だちが会計してるのを盗み見してなんとかした。それに思っていたよりうんと美味しかったから良かった。
仕事を始めたら城は帰って寝るだけの家になった。それでも学生時代に集めた家具があれば、人が住んでるみたいに思えたから充分だと感じた。
彼の額に滲んだ汗。頬にかかる黒い髪の毛を払うと一瞬こちらと目が合う。それでもすぐに興味はご飯に向かうのが惜しい。彼は随分な気まぐれで理由も言わず家を出たことがあった。その後の彼の縦横無尽な様には手を焼いた。
そんな奴でも「温かいうちに食べた方が美味しいよ。」と言えばスマホを置いてこちらにやってくる。そんな素直な様子がなんとも愛らしい。そのことに触れるとガウガウと反発してくるだろうから黙って見るに限る。こういうことはむず痒く、扱いづらいと感じるらしい。
食事は個人でバラバラ、コンビニで買ったり出前を取ったり、外で済ませたりすることが多かったが、清貴は手作りのご飯が意外にも好きらしく、僕が作る栄養摂取とも言える朝ごはんに興味を示した。毎朝同じものをルーティンで食べていて何も変わり映えがなく、彼が言う面白いものでもないだろうに、食べるかと尋ねたら、腑抜けた顔で本当に自分も食べて良いのかと再確認をした。流石にそこまで個人主義ではなかったので、作り直して与えたら少し嬉しそうにしていた。
たまに作るちょっと凝った夜ご飯は大体主食とメインのおかずとサラダで終わらせてしまうが、彼のために一品追加した。余ってたコンロでスープを作るようになった。スープは彼に熱を与えるようで彼は羽織っていたパーカーを脱ぐ。手作りのご飯って身体温まるんだ!と言われた時は拍子抜けした。なんじゃそりゃ。
彼の口は小ぶりなので一口も小さい。ただ食べるスピードは男子学生というような食いっぷりで料理を作るスピードよりも早いため、いつも清貴が料理を待つ時間の方が長い。そしてあっという間に平らげる姿は気持ちが良い。
料理なんて作ったら無くなる。栄養補給のために摂る食事に時間をかけていられない。毎日同じもので本当は良かった。自分のためになら絶対にここまでしなかった。けれど、お腹を空かせて食べるのを待つ人がいる責任感の、なんたる心地の好いことか。
もう食べられないという君に、リンゴのコンポートを差し出せば、おずおずと立ち上がり、冷蔵庫から無糖のヨーグルトを取り出した。