口語も文語も、他人の言葉は伝搬するなあと感じる。
言葉というか語彙というか。言い回しとか。
身近に一緒にいる人に特に引きづられる。
自分の話で言うと
高校の時の友達に陽気な奴がいて、そいつが使ってた「〜(名詞)ちゃん」みたいな、suffixの「ちゃん」は僕個人としてはかなり多用してる。意味はないんだけど。
なんとなく響きの良い言葉って使いたくなっちゃって、気づいたら自分のデフォルトになっている。
これって他人と過ごしたことが、自分のなかに永続化されてる一つの形だなあと感じて、個人的にはめちゃめちゃ面白いなと感じる。
「ワンチャン」とかも大学生用語かなあと当時は感じてたけど今でも普通に便利で使いがち。
アーニャ口語であるところの「〜するます」とかも好きだな。30超えた男が使うのはキモいんだけど流れるようにタイピングしてると使いがち⋯⋯(反省)
最近は「〜するナリ」とかも身近な人の影響かちょっと好き。
あと、逆も多分あって、僕が使ってるワードとかが身近な人に伝わってるときに、おおーってなる。
特に仕事してると、チームメンバーとかはテキストコミュニケーションする絶対量が多いから、うっすら伝搬する。
「思想」とかをメンバーはエンジニアリングワードとして使ってくれてる気がするけど、若干僕をからかってる面がある気もする。面白いからいいんだけど。(実際僕はエンジニアリング思想強めではある)
そういう、人to人のユビキタス言語というか、共通表現が増えていって、会話のプロトコルとしての最大公約数が増えると、話してて楽しいと思える率が高くなるのかなと感じる。オモロさなんてそんな定量的なものではないとは思いつつも。
これからも出会う人とか一緒にいる人の言葉は影響受けていくだろう。そう考えるとユニークな言葉を使う人は好きだなあと改めて気付いた。
個人的には言葉選びが面白い人は話も面白いなあと感じる。価値観というか。
人間とおもろい話を酒飲みながらやっていきたいね日々。(結局酒かい)
おしまい。