ねこが死んだ

nmc
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 研究室の実験場に猫たちがすみついていた。壊れたシャッターの隙間から入りこんだらしい彼らは、次の春には子猫を産んでいた。学生実験中にミャーミャーと泣いていた声が、次の日に見に行ったら聞こえなくなっていた。箱に残された三匹はまだ目も開いていない。母猫が警戒して移動してる最中だろうと思って、研究室に戻った。

 帰宅前に夫(当時は違うが便宜上夫と書く)と覗きに行った。彼は実家でも自宅でも猫を飼っていたので、もし取り残された子がいたら押し付けようという算段だった。白いのがメイクーンみたいな色味で可愛い、など少々誇張した説明をしていた。実験室の電気をつけたら、べた、と何かが落ちた音がした。夫が中に走っていって、また戻ってきた。白い子、首をやられてたよ。そう言って、その辺にあった紙袋とスコップでごそごそとやり出した。

 桜の木(キャンパスにはなぜか珍しい桜の木が色々と生えていた)の根本に紙袋を埋めた。箱に残ってたのが黒いのとキジ。みるからに弱っていた。多分、この二匹は母猫が諦めたんじゃないかな、乳も飲めてなさそう。と夫が言うので、コンビニで猫のミルクを買ってきて、みんなで飲ませた。ろくに飲まなかったけど。数日だけなら預かれる、と言ってくれた別の研究室の子(車通学だった)に二匹を預けた。

 キジの方は可愛いし元気だから引き取り手がいるとおもう。でも、黒いのはなんか…なまこみたいなうすらぼんやりしたびみょうな色で、目もあいてないし薄いし、貰い手いないと思うんだよなぁ…って夫に圧力をかけて、明日生きてたらいいよと了解を取り付けた。実際、キジの方は研究室の後輩が引き取った。

 そんな感じで無理やり飼わせ始めたのがなまこで、なまこは夫の職場、机の引き出しの中でたくさんの人に愛でられながらすくすくと育った。残業中に職場の廊下をさせている写真は、正直ねずみにしか見えなかった。不特定多数の人間が大好きで、人の手を舐めながら寝る猫だった。ごろごろと常に鳴いていて、誰にでもなつく愛嬌のある猫だった。

 地震で夫の家がぶっ壊れて、引っ越しによりなまこは先住猫と一緒に夫の実家に引き取られた。トイレの掃除をしていると肩にのってくる、と義母が嬉しそうに話していた。八歳を過ぎたあたりでなぜか先住猫にいじめられるようになって、夫のおばさんにひきとられた。

 おばさんは子供がいなくて、旦那さんが病気で施設に入ってしまって、実質独り身だった。元々飼ってた猫を亡くして気落ちしていたので、以前から可愛がってくれていたなまこを快く引き取ってくれた。義実家の人々は適当につけたなまこという名前のまま、なまちゃんとかなまこちゃんと呼ぶので、フォロワーからそう言われるとちょっとむずむずした。

 おばさんの寵愛はすごかった。ただの雑種のあいつを毎月トリミングに連れて行って爪を切り、ちょっと元気がなければすぐに病院に連れて行った。おかげで腎臓の病気が早期発見できた。毎月の注射に通い、それが功を奏してガンだということもすぐにわかって、いくつかの手術もしたらしい。

 今日、生理痛で唸っていたら、子供連れて義実家に行ってくる〜って夫が言ってくれた。そしたらたまたま、おばさんがなまこを埋めに(代々猫を庭に埋めている)来たらしい。亡くなったことも埋葬にくることも義母から夫には知らせてなかったみたいで(通常運行)亡骸を撫でられたからよかったわ〜なんか今日行かなきゃって思ったんだよね〜って言ってた。三日で死ぬと思ってた猫が、十五年ぬくぬくと生きて、しっかり看取られて、よかったなぁと思った。その後、いや言えや、それなら行ったわ、おばさんにお礼だって言わせろや、とちょっとイライラした。

 おばさんがSNSでなまこの写真をあげてるらしいって話は前にも聞いていたんだけど、今日もフォロワーさんからお花が届いたんだって〜検索したら写真見られるかなって言うから「おばさんはTwitterじゃなくてインスタとかっじゃないかな?!っていうか聞けよその場で」ってインスタで垢検索するふりをしてアカウントを一回鍵にして名前を変えました。

 うーん…ねずみ!

@nmc
日常非必需品が好きです