学校の校訓を覚えていますか?
僕が通っていた小学校の校訓は「マジメニハタラケ」だった。そして卒業以来,どんなときもこの言葉を大切に抱えながら生きてきた……わけではもちろんない。最近になってなぜか急に思い出したのだ。小学生にかける言葉としてはなかなかのインパクトのある言葉だ。この場合のハタラくとは,必ずしも金銭を得るための労働を意味するのではなく,「周りの人に真心をもって接し,世の中の役に立つ人となるため努力する」ようにという校訓であるようだ。(これは覚えていなかったので調べた。)
明治37年(1904年),校舎が現在の位置に落成したときに校訓「マジメニハタラケ」も制定され,現在も変わっていないということらしい。今考えると,ありきたりな文言ではなく,子どもを子どもとして扱わず,大人になってもしも思い出したら時間差で刺さりうるような良い校訓だと思う。これからさらに時代が変わっても,できればそのまま残ってほしい。2018年になってなぜかゆるキャラが導入されている点には目を瞑るから。
その後は,校訓には縁がない。中学校・高校は,校訓のない一貫校に通っていた。そのかわりに校舎の外の横断幕に掲げられていたのが,「第一志望を実現しよう」というキャッチフレーズだ。学校は相当な田舎の山の中にあり,公共交通機関がないのでほぼ全員がスクールバスで通っているようなところだった。進学校ではあるが,進学実績のために厳しい教育をするという雰囲気はなかった。のんびりしてマイペースで,明るい雰囲気のいい学校だったと思う。当時のキャッチフレーズも,偏差値いくらを目指そうとか旧帝大に何人入るぞとかではなく,あくまで各人の「第一志望を実現しよう」である点が気に入っていた。しかしこちらは,僕が卒業して何年後かにもっと進学実績重視寄りのキャッチコピーに変わったようだ。今はどうなっているか知らない。
大学については,校訓がある例を知らないし,あったとしても非常に珍しいのではないか。しかし,特にそういった名前がついていなくても,各々の学校で大切にされてきた言葉,精神を受け継いでいると考えられている言葉というのがあり,意外に歴史が感じられて面白かったりする。以前勤めていた私立大学の採用時の研修では,創業者の言葉がスライドに映し出される場面があった。登壇者が「我々は皆,この言葉を忘れてはなりません」と声を一段階張り上げてそれを読み始めたのだが,「人格を陶冶し」の部分で,「人格を……とう……とう……ち?し……」とつまずいていた。これにはさすがに「忘れとるやないかい!」とツッコみたくなった。「陶冶」が読めない人はそれなりにいると思うし,それ自体はよいのだが,このときは「皆,この言葉を忘れてはなりません」というセリフからの流れがあまりに美しかったのだ。
「マジメニハタラケ」がカタカナで書き残されているのもまた先見の明なのかもしれない。