ホラーが苦手だ。怖いからである。
そう表明したところ,ホラー好きの人にこう言われたことがある。「ホラー作品をちゃんと怖いと思えるのが羨ましい。怖がれるってことはホラーを楽しむ素質があるってことだよ!自分はホラーが好きなんだけどあんまり怖いと思えない質なんだよね。うわー,ぜひ映画とか観てみてほしい!」まず人の話を聞いてほしい。苦手だって言ってるだろ!まあ,言ってることは分からなくもないですが。
僕が最初に触れたホラー作品は,おそらく小学生のとき読んでいた「ズッコケ三人組」シリーズの一冊だと思う。怪談にまつわる話で,それで「怪談」という言葉やジャンルを知ったような記憶がぼんやりとある。そのときは独特の読後感があったものの苦手意識はなく,むしろこういう話がほかにもあるなら読んでみたいと思った。そして,それから何冊か読むうちに,本当に怖いものに出くわして苦手意識が植え付けられたように思う。
その後,特に苦手を克服しようという努力をしないまま今に至っている。例外的に,ホラーとは知らずに読み始めた貴志祐介の小説が怖いながらも楽しめたのをきっかけに,彼の作品は色々と読むようになった。(もっとも,彼の小説は怖い小説であってもミステリー的な面白さと両立していることが多く,純粋にホラー作品を楽しんでいることになるのかはよく分からない。)
霊感も全くない人間なのだが,小学生の頃にひとつ,些細ながら不思議な体験をしたことがある。10歳くらいにはなっていたと思う。大きな挿絵がいくつか入った,子ども向けの小説を読んでいた。その挿絵のひとつに,こじんまりとしたレストランのようなところで働くエプロン姿のお姉さんが,店のすぐ前を箒で掃いている様子が描かれていた。レストランの正面から店構えを描く構図で,店はガラス張りのようになっており,中に並べられた椅子やテーブルも見える。そのまま本を読み終えたのだが,なぜか後日その絵を見返したくなった。それで,本棚から取り出してそのページを開いたところ,そのお姉さんが店内のテーブルに座って休憩していた。絵の他の部分は以前と同じで,お姉さんだけが移動している。
もしかすると,これは記憶にあるのとは違うページで,他に掃除をしている絵があったのかと思って本を調べたが,この店を描いた挿絵はひとつしかない。このお姉さんは本の中で生きているのだろうか。その後も日を改めて何度かページを開いてみたが,それ以降は変わったことは起きなかった。怖いとも思ったし,通常あり得ないことだとも分かっていたが,挿絵の穏やかな雰囲気や当時の僕自身の年齢もあって,こういう不思議なことは起きるのだ,という印象に落ち着くこととなった。
以前,飲み会でホラーの話題となったときにこのお姉さんの話をしたところ,僕よりもホラーが苦手らしき友人をかなり怖がらせてしまった。申し訳なかったと思っている。