一人称

nolimbre
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公開:2026/1/6

敷嶋てとらさんという Vtuber がいる。少し前に SNS のフォロワーさんをきっかけに知った。敷嶋てとらさんは色々な場所で(酒を飲みつつ)Vlog を撮ってアップロードしているのだけど,行く場所のチョイスも面白いし本人の声や話し方なども心地よくて,僕はしっかりチャンネル登録をし,グッズの T-シャツやパーカーまでちょっと欲しくなっている。僕が知ったのは昨年(2025年)だが,Wikipedia によれば活動開始は 2021 年に遡るらしい。

さらに時を遡って紀元前 58 年,ローマは共和政末期である。ガリア地方の属州総督となったユリウス・カエサルは彼の地でヘルウェティー族を破り,その後 8 年続くガリア戦争が幕を開けた。この戦争によりガリア(現在のフランスやベルギーなど)全土がローマの支配下に入り,またカエサル自身の影響力もいや増すことになるのだが,ラテン語のファンである僕にとって大切なのは,カエサル自身がこの戦争について簡明な文章で詳細な記録を残してくれていることである。ローマ市民への業績の宣伝目的もあったらしいこの遠征記録は『ガリア戦記』として現代まで残り,ラテン語の名文としても名高い。

敷嶋てとらの動画とユリウス・カエサルの『ガリア戦記』には,とある共通点がある。それは,自分を指すのに自分の姓を使うという点だ。敷嶋てとらは「本日,敷嶋は錦糸町駅にやってきました」と語り,ユリウス・カエサルは「カエサルは強行軍で北イタリアへ急いだ」と書く。敷嶋てとらは「敷嶋は今回ね,友人と2人で深夜バスに乗って新潟まで来たんですけど」と語り,ユリウス・カエサルは「カエサルは兵士たちの最大限の努力により夜明け前に陣営に到着した」と書く。「敷嶋」は一人称的であり「カエサル」は三人称的である(実際,代名詞で受けるときは三人称代名詞を使う)ので完全に同じ用法というわけではないが,とにかく自分の姓でもって自分を呼称しているという点では一致している。僕はこのように,人が自分の姓で自分を指しているのを見ると途端にその人への愛しさメーターが上がってしまうところがある。昔の(正確には,ユリウス・カエサルよりは新しく,敷嶋てとらよりは古い)表現で言うと,「萌え」てしまうのである。

大学時代,古代ローマにはまった僕は,ユリウス・カエサルが書いたものをそのまま読みたくてラテン語を勉強した。『ガリア戦記』の冒頭は原文で丸暗記しており,いまでも何も見ずに書ける。試しに最初の 1 文を書いてみる。

Gallia est omnis divisa in partes tres, quarum unam incolunt Belgae, aliam Aquitani, tertiam qui ipsorum lingua Certae, nostra Galli appellantur.

「ガリアというところは,大きく 3 つの部分に分かれています。1 つめはベルガエ人が住んでいるところ,で,2 つめはアクイターニー人,そして 3 つめが,その人たち自身の言葉ではケルタエ人と呼ばれているそうなんですが,我々の言葉でガッリー人(ガッリア人)の方々が住んでいるところです。」

……と敷嶋てとらさんがナレーションしてくれそうな書きぶりだと思うのは悪ノリすぎるだろうか。しかしこうしてみると,敷嶋てとらさんの簡潔で淡々とした解説のナレーションは『ガリア戦記』の文体に似ていると言えなくもない……かもしれない。

さて,『ガリア戦記』のことをこのように書いているからには,もちろん読破しているはずだと思われただろう。それが実は全くそうではない。ラテン語を最も勉強していた時の僕は『ガリア戦記』をラテン語原文で読むことにこだわっており,既存の日本語訳はラテン語読解のためにしか活用しないぞと心に決めていた。さらに,できれば冒頭からしばらくは暗唱できるようにしたいとも思っていた(ユリウス・カエサルが好きだったからでもあり,名文の暗唱が語学の王道だとの言に影響されたからでもある)。そんな調子なので,ガリア戦争中 1 年に 1 巻ずつ出版され,合計 8 巻に及ぶ『ガリア戦記』(第 8 巻のみカエサルによる著ではない)のうち,第 1 巻すら読了できていなかったと思う。

今ではもうラテン語原文による『ガリア戦記』の読解も進めておらず,このこだわりを持っていては人生が終わるまでにガリア戦記の全体を読むことはできない可能性が高い。せっかく思い出したことだし,PHP 文庫から新訳も出ているから,この機会に買って全部読んでしまうのもいいかもしれない。紀元後 2026 年の僕に楽しみを与えてくれるという点も,およそ 2080 年と 9000 km を隔てる敷嶋てとらさんとユリウス・カエサルの,重要な共通点である。