化粧はプラモデルと同じようにパテをしてファンデーションを施し、大きな化粧台でプラモデルを精製するのである.
この作業を小学二年生となったばかりの悠太は玄関のドアを背中で抑えていながら「早くしないと映画とポケモンが売り切れるよ!」と叫ぶこと6回目となっているのに,奥の部屋の化粧台からは軽いガラスがカタカタとなっている.
「もう先にいっておくからね!!」と叫んだのに反応が無いため、もう一度叫びながら車へ向かわず,歩いて目的地へ行くことにした.
少しでも早く映画でしか入手出来ないポケモンの”デオキシス”は見た目が変わる強いポケモンなので映画の後に貰うなんて時間がもったいない.
いつも少し楕円となった雨の後が車の窓に付いており,その先に住んでいる街を眺めていたから曲がる場所と頭の中に方角まで分かっている.地図が朧気ながら出来ている。 もう後は道通りに自慢の靴を地面とタップしていくだけに思った.
目的地がそろそろ近づいてきて,車以外が通れない道が出てきた.
頭の中の道と違い歩道橋がある.自分の頭の中の地図を見ているが,実際に見ているのは歩道橋の緑色のペンキが階段の縁に少し付いている光景であった.
ペンキがついている箇所を確認しながら靴をそこに置いていく作業を何度も繰り返している.楽しみよりも自分自身の行為と運動で喉が汗と共に締め付けてきているのが分かってきている.
トイザラスの一角には親子がわんさかいたのでここで貰えるらしい.大人の人の肘ををかいくぐりながら,たどり着いたお姉さんに「デオキシスが欲しいです.」と伝えるとお姉さんは「映画のチケット持ってるかな?」と云うのである。
そうか全て理解した.これは絶対受け取れない.持っているものなんてこのDSで通信が出来ることと地面とタップしてきた自慢の靴だ.
小学二年生でもわかる.ここで何かお姉さんに言っても無駄な”社会”というルールだ.お姉さんに「持ってないです.」と言って.こんなに重い靴を放り投げたくなる気持ちだ.
空気がしんどくてトイザラス横の出口から外に向かっていると前から隣の家のおじさんが僕を見つめながら歩いてくる.
隣の家のおじさんは「ほんとにここにいたのか?」と独り言のように話されて僕が何も言わないでいると「お母さんに伝えるからね.」といつもよりも優しく本当の大人の様にゆったりと伝えてそれ以上何も会話はしなかった.
おじさんの車でデオキシスが貰える予定だったトイザラスから僕の家のマンションまで帰っているらしい.
車の中でケロッとしていると空気が段々と重くなることが予想出来たので,鼻をすする動作とまつ毛を触っていた.
演技をする予定だったのに良く知っている景色が段々と増えていくほどに自分の感情が変わっていき涙がシャツの首に濡れて少しひんやりするのを感じていた.だが,頭の中の地図は方角が修正されて,滲んだ帰りの道と自分が歩いた道の誤差修正の演算をしていた.
マンションまで帰ると警察とマンションの友達家族が話し合っており,これはこれは賑やかで「もう行くからね」と誰かが言ったらしいが,色の景色だけが記憶に付いている.
一時間後,おじさんに「ごめんなさい...」と言いながらビールの文様が書かれているダンボールと棒立ちの靴紐を見つめていた.
母には「本当に行くとは思っていなかった.」と伝えられたが,
父には「よく行けたね.」と褒められもせず怒られもせず,悠太には父のその顔は見れなかった.
悠太は齢二十六.月の半分は小さな旅行をしながら飛行機と雲を見つめる.
ふと何も無いのにデオキシスを思い出す.何も無いのに.