復興って難しい|ぽこ あポケモン|感想

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公開:2026/4/6

3月5日にぽこ あポケモンが発売して以来、生活をぽこ あポケモンに支配されている人です。ぽこ あポケモンどころか、一日を終える時と一日を始める時に真っ先にポケモンスリープを起動するので、すっかりポケモンが日常動作に組み込まれてしまっています。

そんなぽこ あポケモンですが、当初は自分が求めていた「ポケモンの生活シミュレーションゲーム」と異なるという感覚があったり、失礼ながらこうしたゲームがバグや画面のカクつきもなく動くことを期待していなかったために、疑心暗鬼で購入したところもあったのですが、このゲームをはじめてかなり久々に「私はこういうゲームで遊びたかったんだな」という感覚を得られたので、現在の生活にぽこ あポケモンの侵入を許すという事態に陥っています。

私の中でこの感覚はゼルダBotWを遊んだ時以来、実に9年ぶりでしたので、年齢を重ねてもこうしたことが起こるからゲームって面白いなと思っている次第です。

もちろんこの9年間ゲームが面白くなかったということは全くなく、むしろ Switchやインディーゲーム等が更盛する昨今は人生で最もゲームを楽しんでいると毎年思い続けています。ただ、いつもは「期待していた通り、もしくは期待以上」 にゲームを楽しんでいるのですが、そういった枠組みすら外れて「私はこんなゲームで遊びたいと思っていたんだ」とゲームを遊びながら思う感動がとても久しぶりにあったということです。

さて、そんな私の遊び方は「この世界を出来るだけ復興させる」ことに注力しています。

これは私の思い入れのせいかもしれません。私は初代をリアルタイムに遊んでいた世代ではありませんが、ちょうどぽこ あポケモンが発売する前に配信されたFRLGは当時よく遊びましたし(最初の草むらでヒトカゲをリザードンまで進化させるという遊び方をしたが、この時の相棒リザードンは今でもソードのROMにいる)ピカブイも私は非常に楽しみました(大好きなウインディのために連続ゲットを駆使して色違いガーディを粘った)。

ですからぽこ あポケモンの世界がかつてのカントー地方であると徐々に明かされていくことに、衝撃と静かな寂しさを覚え、特にキラキラうきしまの街では、あのノスタルジックな音楽と共に人々の行方と、ポケモンだけになってしまった世界に思いを馳せました。

そして断片的な情報ではなく、確かな情報で「ここがカントー地方」であると明かされたときに、私はとある衝動に突き動かされました。

「世界の真実を知ってしまったからには今の街作りに納得できない!」

その衝動のまま、最初の世界を幸せにして見送ったあと、新たなデータで2周目のプレイをはじめてしまったのでした。

私はあまり短期間にゲームを周回するような遊び方をすることがなく、はっきり言ってこの行動は酔狂が過ぎますが、まぁそもそも1週間でクリアするようなゲームでもないのに1週間でクリアしてしまったのは勿体ないと思っていたところだったので、ぽこ あポケモンの評判を知って後から遊んだプレイヤーも多くいましたから、 まだ1週間程度ではさほど大きな遅れにはならないだろうと思い、実行に移してしまったところはあります。

全く後悔はしていません。むしろ2周目で情報が手元にあるからこその遊びも出来ています。より一層世界を復興させることに夢中になっているほどです。

私たちが慣れ親しんだカントー地方とは時代が変わっているため、全く同じように再現することは難しいかもしれませんが、なるべくはかつての面影がある姿で街を作りたいと奔走中。ただ、そこで私が思ったことは、想像以上に根深い自然災害の爪痕と、被災した土地を元に戻すことは非常に困難であるということでした。

ぽこあポケモンはこういったサンドボックスゲームとしては珍しく、ある種窮屈なくらい導線がしっかりしています。電柱を設置させたいがためのブロック、取り除いてくださいといわんばかりの土砂、何より難しいクラフトが必要でもなく簡単に作れる生息地とそこから飛び出すポケモン達。

これでも苦手な人は苦手らしいのですが、小さな達成感を積み重ねることで「自由であること」がかえって難しいといわれることもあるサンドボックスゲームを遊びやすくしています。

ポケモンの生息地を整え、道を綺麗にするなど、ここまではとても簡単です。しかし街の全てを復活させようと思うと、隆起のせいで恐らく元の土地からは変わり果ててしまったであろう崖や山々に頭を悩ませることになります。

パサパサこうやの街はセキチクシティなのだから、ここの崖は全てなくすべきでは?

ドンヨリうみべの街はクチバシティなのだから、どう道を繋げるのが元の街らしくなるか?

ゴツゴツやまの街はニビシティなのだから、博物館前の火山は全て撤去した方が良いのでは?

キラキラうきしまの街はヤマブキシティ及びタマムシシティなのだから、もうどうにもできないのでは?

「元に戻す」ことばかり意識すると「元に戻らない」ことばかりが意識されてしまいます。そして私は一応東日本大震災被災者でもあるので、ふと、現実においても震災復興は「元に戻す」ことだけではどうにも出来なかったなと思い出しました。

私が被災した地域は幸いにも被害の少ない地域でした。それでも太平洋側の沿岸部は、被害の少なかった中心街より更に変化し、新しい施設が立ち並ぶようになりました。時々東北の情報番組で見かける、太平洋側沿岸部の景色も、震災以前の姿を取り戻すというよりは、二度とこのような災害で命が失われないように街を作り替えたり、真新しい施設が立ち並ぶ景色が続いています。皆それぞれ、少しづつ街を作り替えながら生活を続けています。

ぽこ あポケモンの発売時期を考えると、これは偶然だとは思うのですが、扱っているテーマからも「災害からどう街づくりをしていくべきなのか?」という問いを投げかているのではないか、と私は考えています。ポケモンは「ポケモン with you 」の活動でずっと被災地域に寄り添ってきましたし、そういった災害から復興することの難しさと、こうだったらいいのにという祈りを作品に込めたのではないか、とも勝手ながら想像してしまいます。

ぽこ あポケモンでは、災害を受けた地域を難しくても元に戻すこともプレイヤーの力量によっては出来るでしょうし、昔のカントー地方のことは忘れて、まったく新しいまっさらな街を作り上げることも可能になっています。そしてそのどちらを選ぶのかもプレイヤー次第で、想像したことはなんでも実現出来るでしょう。

ニビシティの火山灰と山岳を完全に撤去して博物館前を整備したプレイヤーもいれは、元の街なんておかまいなしに新たな街並みを築き上げるプレイヤーもいて、 SNSで見かけるたびにその柔軟な発想に驚くばかりです。

私は出来るだけ「カントー地方」を取り戻したい。一方で、自分が親しんだカント一地方から百数年は経っていることを思うと、被災した時代の人たちが作り上げたカントーの街並みも尊重したい。

そしてぽこ あポケモンから一旦離れて時間が経ち、再び自分がゲームを起動したときに、街づくりとの板挟みの中でもここまでポケモンたちを幸せにできたんだなと思えるデータを残したい。そう思いながら私はぽこ あポケモンでまだまだ夢を見たいと思っています。

ぽこ あポケモンは30周年記念作品にふさわしいものだと思いましたが、30周年に立ち会ったのも偶然だそうで、しかしそんな偶然の連鎖が起こるところなんてまさにぽこ あポケモンの世界の中で起きていたことのようですよね。これからも末永く遊べるものでありますように。

追記

全てのポケモンに出会えました!ラストはルギアでした。