最近ミルクコーヒーを飲んでいる。
先月、福山に一緒に行った家族に粉コーヒーをもらったのをやっと牛乳を買ってきて飲み始めた。普段コーヒーはめったに飲まない。カフェインに弱いから。
コーヒースタンドでもカフェでもない、何の変哲もなく飾り気のない、久しぶりに飲んだミルクコーヒーはなんだか懐かしい味がした。そうだな、祖母の家で飲んでいたコーヒーの味だな、そう思った。
廊下の向こうの台所の方からパンを焼くにおいがして目を覚ます。布団からもぞもぞと這い出れば、祖母がトーストとウインナーエッグを机に置き、それからミルク多めのコーヒーをいれてくれる。時には早起きして一緒にコーヒーをいれて朝食皿と一緒に台所から居間に運んで、朝のなんてことないニュースを見ながらなごやかに会食する。窓の外はフェリーの朝便が入港して、夏場は海水浴客や釣り人が家の前を楽しそうに歩いていく。
コーヒーを飲みながら視点をうろつかせると、この家で初めて遭遇して使い方を知った黒電話があって古い電話帳が柱にかかっている。今の欄間のほうをみればいとこの描いた大きな絵などが飾ってある。私の絵は、玄関の方に飾られている。テレビの横には食器棚があって、祖母がその時お熱な俳優のポスターが貼られていたりする。右は仏間に繋がっていて、コーヒーを飲みながら遺影の数人と目が合う。
祖母が亡くなって、あの家にも帰らなくなって、来年か再来年には10年が経つ。若い頃は、あの家に本気で住もうと、祖母と同居しようと考えていた。結局島嶼部には必要不可欠な運転免許が取れないので働き口も見つからず、諦めた。それでも、祖母が老いて一人にはできず叔父の家に同居するようになるまでは度々単身あの家に帰った。
墓参りに行くたび、あの家はどうするんだろうな、と妹の運転する車の窓から眺める。法要で集まれば母やきょうだいが何やら話し込んだりしているから、墓じまいの話もちょっと小耳にはさんだし、知らないところでいろいろなことは進んでいるのだろう。
ひとりでこうして懐かしい味を飲んでいる。というか、この味ってぜんぜん普通に再現可能だな。何も特別なんかじゃない。でも、だからこそいいんじゃないか。いつでもあの思い出に逢える味だと思うと。