『アンダーグラウンド 完全版』鑑賞

コヤマ
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公開:2026/5/4

 君は『アンダーグラウンド』という映画をご存じだろうか。

 1995年に世界で公開された、ナチスドイツとユーゴスラビアを主舞台とした〈戦争・コメディ〉映画である。日本では1997年に公開され、第48回カンヌ国際映画祭では「パルムドール賞」を受賞した作品だ。1995年の話題作にしては、現代において埋もれかけているといえるこの映画。埋もれかけているのがもったいないほどの傑作なのである。

 あらすじは各サービスに任せたいが(映画.comのリンクを最後に掲載しておく)、実はこの作品には「通常版」と「完全版」の2種類が存在する。

 「通常版」はいわゆる「劇場版」のような編集が加わり、約3時間の映画となっている。私が以前鑑賞したのはこの通常版のほうであり、諸々のカットは感じつつも映画としては問題なく鑑賞ができるようにはなっていると思う(ただし、私は「完全版」を知ってしまってこれでは満足できない頭になったと思う!)。

 それに対して「完全版」というのはその名の通りで、ディレクターズカット版であり劇場版にする上で意図的にカットされたものがすべて盛り込まれている。劇場版である「通常版」と大きく違う点は、ドラマ仕立てに編集されているところだろうか。各約1時間ずつ5つに話を区切ってDVDに収録されており、各話のはじめには前話までの「あらすじ」が挟まれている。総再生時間は約5時間に及ぶ。通常版では2時間ほどカットが加えられていたことになる。すごい。

※本記事は、『アンダーグラウンド 完全版』のふんわりネタバレを含みます※


 さて、今日私が鑑賞したのはこの『アンダーグランド』「完全版」である。なんと、普段よくしてくださっている津崎さんがこちらのDVDを所持しておりそれを郵送を介してお借りすることができたのだ! この場を借りて改めて、津崎さんには感謝を申し上げたい。そも、この作品を薦めて下さったのも以前「通常版」を一緒に観たのも津崎さんである。とってもありがたい。そしてもちろん(?)今回も同時上映として一緒に鑑賞させていただいた。

 DVDのディスクは3枚組となっており、本編が2枚・特典としてキャストインタビュー等が収録されているものが1枚で構成されている。ご厚意によってまだ時間猶予があるので、特典ディスクも後日拝見するつもり。今回は本編を一緒に鑑賞した。

 いやあ……、なんというか、はじめのほうにも書いたけど、あれです、私はもうこれ「完全版」なしには生きられない(?)頭になっちゃいましたね……。

 もともと「通常版」ではカットされたであろう部分は察知していたものの、想像よりもカットされていたシーンの〈奥行き〉が凄まじかった。このストーリーの全体像を知ってしまうと、もう「通常版」には戻れない。よしんば戻ったとして頭の中には常に「完全版」の内容が頭によみがえるだろう(そういった点ではもういちど「通常版」を鑑賞したい気持ちもある)。

 なによりフランツ! ナイツドイツの将校であった彼の役どころが通常版の頃から私は大好きなのだが、その彼について更に描かれているのがとても嬉しかった。これは「完全版」において通底するところなのだが「通常版」で違和感なくフェードアウトしていった人物たちはその後─この場合は戦後─どうなったのか? が描かれる。フランツもそのひとりであり、それからも彼は何食わぬ顔で生きていたことが明示されたのは(彼の役どころのファンとしては)なんだか嬉しかった。

 また、私がもっとも強く感じたもの。それは、「通常版」においては唐突な情緒の乱高下の象徴であり〈なんとない共犯者〉であるように感じられたナタリアの存在である。「完全版」を鑑賞することでこの〈なんとない共犯者〉であったナタリアの印象がガラリと変わる。彼女がマルコの〈共犯者〉としているにあたる心理的な葛藤、弟への愛情、2人の男たちへの愛憎──……。

 特に〈共犯者〉としてのナタリアと、弟への愛情について本当に奥行きが変わった。いやいやいや。こんなバックボーンを削ってしまっては!! という気持ちになってしまうほどだ。時に暴力を振るわれながら、酒に頼りながら、夫となったマルコと共に地下の秘密王国を封じ続ける。彼女が後半、舞台上で鬼気迫るセリフを叫ぶように吐き出したのは、押しつぶされそうな背徳と罪の意識、そしてそれによって自分は生きているということ。それらが舞台上のセリフとなって噴出したように私は感じた。

 しかしそれでもマルコを愛しているということ。もちろん、クロのことも。同時に、おなじくらい憎いことも。 「通常版」では表層的にも感じられた彼女の存在が、「完全版」によってそのディティールを明らかにして『アンダーグランド』という作品の味わいをいっそう深く感じさせる。それは弟であるバタとのかかわりもそうだ。

 バタとの別れのシーンはとてもさみしい。両親を喪い、どんな瞬間でもバタを想い、そしてバタの薬代を稼ぐために舞台に上がってきた彼女は、時に間接的にその両手を両足を血に染めながら歩いてきた。自分の人生には常にバタがいたのだろうと思う。戦時下で生き残った、たった一人の肉親だ。彼を喪ったナタリアは、人生の生きがいも喪ってしまったのではないだろうか。だからこそマルコによる暴力そして酒への依存によってその後の自分を無理やり成り立たせていたのではないか。

 そして、そういうふうに人生において弟・バタの存在があった彼女が、ラストシーンにおいて最期の瞬間に語られたバタの言葉のとおり「はしゃいで踊って」いる彼を見たときの歓喜といったら! あの瞬間こそ彼女の幸福だったのではないかと思う。〈そう感じられる〉ことこそ「完全版」の価値のひとつではないだろうか。

 そういった点では、(これは通常版でも同様だが)ラストシーンのクロと妻・ヴェラ、息子・ヨヴァンが揃って肩を並べるシーンも素敵だし、何より妻亡き後本格的にマルコとナタリアを奪い合ったが、彼はラストシーンにおいて何の含みもなくマルコ・ナタリアを夫妻として扱い、妻であるヴェラに紹介しているシーンは非常に感慨深いものがある。

 あのラストシーンはいわゆる「死後の世界」といえるだろうが、あの場所ではすべての憎しみは無となりかなしみも不自由もなく、ただ現実と地続き〈だった〉出来事だけがあり、最後にはそれらからさえも〈解放〉される。クロが息子をかつての地下の王国・〈アンダーグラウンド〉の井戸の底に見出して至ったこのさらに奥にあったほんとうの「アンダーグラウンド」。

 隔絶と理想によって成立した世界によって、その直前までずっと漂っていた愛憎と血のにおいを拭い去り大団円で終わるのは、どこか寓話的でもあり、愛おしく、この映画が「戦争・コメディ」と評される終結点としてふさわしいエンディングである(もちろん全体的な喜劇感も)。


 結局、どうやったってラストシーンでは号泣をかましてしまう。井戸の底にヨヴァンを見つけたクロが飛び込み「アンダーグラウンド」に至るシーン、そこからのお祭り騒ぎに大団円。このラストシーンに至るまでに積み重ねられた何もかもの〈しがらみ〉から解放された彼らのすがたは、とても愉快でありかなしく切なく愛おしい。

 戦争映画ではあるがコメディ要素も強いため、いろいろな人にぜひ機会があったら鑑賞してもらいたい作品だ。ただし、このコメディ要素にはちょっとした下品さも加わるのでそういったものが大丈夫なら……。

 現状しっかりとした配信環境等がなく、冒頭の通り傑作であり比較的最近の作品としては埋もれかけているのが実に惜しい作品である。

 まず通しでみるなら「通常版」。そして「完全版」を鑑賞するのが個人的にはおすすめだ。おそらく人によっては話のまとまり具合から通常版のほうがスッキリ受け止められるかもしれない。だが個人的にはそれはぜひ「完全版」を鑑賞してから判断してほしい!

 ……とはいえ、鑑賞できる環境が本当にないのだが。いや実に惜しい。ジブリ映画くらいには惜しい。本当に、何かのチャンスや機会があって鑑賞できるならぜひ!

 とりとめない感想になってしまったが、もはや言葉よりも鑑賞である。この感情とカタルシスを感じることは、まず『アンダーグラウンド』という作品の鑑賞なしにはありえない。