
なんと国内ではおよそ35年ぶりのマルケ個展とのこと。そしてフランスではマルケの再研究も進んでいるのだそう。これからもしかしたら色々なところで個展が開かれるかもしれないですね。
この特別展のおしらせを見るまで、私は「アルベール・マルケ」という人物のことをひとつも知りませんでした。本当になんでもないとき、銀行にぽっと貼ってあったポスターを見て強烈に惹かれたことを未だに新鮮に思い出します。そうね。肩をやって病院に行ったときだから数日前だからね。
……そんな話は置いておいて!

今回の特別展のカヴァーを飾るのはマルケ1935年の作品「ル・ピラ」。マルケが自身の故郷へのまなざしを改めて受け止め、輝きを取り戻したときの作品だそう。色彩は豊かで、この海の色はどこか瀬戸内海を思わせるようなあざやかな青緑をしていて、その美しさとどう描いているのだろうという興味が、強烈に私をポスターにくぎ付けにし突発的に美術館に足を向けることになったのでした。
西洋において「葛飾北斎」は著名であったとされますが、マルケの描画もどこか〈北斎的〉だと評価されているようです。北斎に似ているわけでは決してなく、展示のキャプションの文章を借りるなら「マルケの作品を見ると北斎を思い出し、北斎を見るとマルケを思い出す」。実際に、遠くがうすく境界線すら淡くとけていくマルケの遠景描画において、特に山の描画が非常に浮世絵的でありふっと頭に浮かぶ瞬間がありました。それだけでなく、マルケのスケッチは大胆で筆などを使ってどこかコミカルに、しかし銅版画では繊細に描かれており、特に筆による豪快な筆致は日本画自体を思い起こさせる親和性を抱えているように感じます。
また、マルケは俯瞰した都市そのものの描画に焦点をあて俯瞰した風景を特に描いていた画家であったようで、それは作品数にもあらわれます。同じポイントから描いた都市の風景というものを、あわく時に緻密に、おそらく彼が納得いくまで描き続けたのであろうその画は、遠くから眺めているとまるでレイヤーの違う都市のすがたを見ているようで非常に楽しい気持ちにもなりました。そして改めて「納得いくまで同じものを描いていたっていいし、その時納得してもやはり同じモチーフを何度描いたっていい」「好きなものは、いくつ描いたっていい」という勇気ももらいました。海に惹かれて展覧会に向かった私ですが、特別展を見終わる頃にはすっかり彼のことが大好きになり、図録まで買ってしまった次第です。
マルケの作品に「バルコニー、または縞模様の日よけ(Le balcon ou Store rayē)」という1945年頃の作品があります。バルコニーに向かって逆光になった部屋とカンバスがより遠景にある海や風景の光を際立たせ、あまりの眩しさに私は思わずこの絵の前にしばらく立ち止まってしまいました。決して大きくはない、むしろ小さなこの一枚に〈窓辺〉を感じたのです。マルケは1947年に亡くなりますから、晩年の頃の作品であり、この場所をえがくのもほとんど最後の機会であっただろう一枚だと思うとどこか胸が切なくなるような一枚でした。
それにしても、アルベール・マルケのえがく水辺の素晴らしさといったら、これまで出会ってきた西洋画のなかでどんなものもかきわけて私の一番にやってきてしまいました。海や川の色はもちろん、水面やさざ波までとても美しく、モチーフは海外の窓辺であるのにどこか郷里を思い出させます。
モチーフの選択も秀逸です。マルケは橋のある風景や港湾の風景など、「人の営みとともにある風景」をモチーフとして徹底して描いていたように思います。実際にそういったスタンスでもあったようです。私が普段何気なく眺めている、人がいて海があって波があってその手前の道路に車が走っていて──そういった風景を思い出させてくれる、その風景がいとおしい営みであることを感じさせてくれる、そういった画がたくさんありました。
マルケは限られた色数、淡い色彩を使用して描いていますが、彼は冬が好きだったらしく、冬の絵が多く見られます。今私は図録を開いて確認をしながらこのブログをしたためていますが、彼の筆致はやはり撮影ではどうにもできません。彼の時に踊るような、あわいがなくなってしまうような、油彩の盛り上がりと筆の載せ方、色の重ね方。そのどれもを直接見られる機会が近くにあって、本当に良かったと思っています。個人的には、ムンク以来の西洋画への大ヒットです(普段あまり西洋画をみないのです)。
皆さんも機会があったらぜひ、マルケの作品を観てみてください。彼が都市のすがたをありのまま描いた作品は、きっと私達のやさしくやわらかいところに届くはずです。
そしてまた、こういった特別展が各地に巡回することを願っています。もちろん、筆致とかなんとか言いましたが図録だっておすすめです。
