なんだか頭が重いな、と思いながらリビングに向かうと、そこで爪切りが踊っていた。
やすりなんかがついているテコの部分を器用に使ってテーブルの上でダンシングしていた。
一体何があったというのだろう。昨日までこの爪切りは自由意志なんて持っていなかったのに。
「爪切り、何か夢でも見つけたのか?」
問いかけてみるが、何も変わらない。
多分爪切りには人間の言語は通じないということだと思う。
しょうがないので、今度は音楽でも流してみることにした。
これに反応すれば、少なくとも聴覚はあるということだ。
一体何を流せばいいものか、と悩みはしたが、とりあえず思いついたボレロにしてみることにした。
「……」
爪切りは反応しない。まるでテンポの違う踊りをしているだけだ。
クラシックとかはダメなのかもしれない。
そういうわけで、今度は赤とんぼを流してみた。
「……」
ダメらしい。しょうがないので、今度は適当に最近のアニソンを流してみる。
『この楽曲を使用するには許諾が必要です』
なんだこのポップアップは。
許諾……? そんなちょろっとスマホからアニソン流しただけで……。
ここでようやくこの世界の真実に気がついてしまった。
なんのことはない。この世界はMRなのだ。
ARというには仮想的すぎて、VRというには現実的すぎる。そういう世界だ。
そう。昨日爪切りのモデリング中に寝落ちてしまったのだ! ヘッドマウントディスプレイをつけながら! どうりで頭が重いわけである。
なーんだ。ただの荒ぶる物理演算か。てっきり爪切りが自由意志を持ったかと思っちゃったよ。
安堵しながら機器を頭から取り外すと、そこではまだ爪切りが踊っていた。
つ、爪切り!? どうして……?
現実に狼狽えていると、手元のMR機器も同じように踊り出す。
夢か現か区別がつかない。爪切り、MR機器に続いて、コップ、テーブル、果てには家までもが踊り出す。
一体何でこんなことに……。唖然としていると、自分の体までもが踊り出す。それも、関節を無視したような動きで。
「う、うわああああ!! ゲームでよくあるバグったモーションだあああ!!」
不思議なことに全く痛くはない。痛くはないのだが、心に悪い。
嫌に冷静な頭で考えてはみるが、この世界がバグったとしか思えない。流石にVR内でMRをしていたと思い込んでいたとは考えたくない。
なんだ。なんなんだ。まさか、この世界が終わるとでもいうのか。
「あ、やばい。なんか変な音する! こ、これが終焉の音——」
その瞬間、世界は暗闇に包まれた。
『GAME OVER』
「なんだ、VRか……」
どうやら、ゲームだったらしい。なんだ。世界があんな簡単に終わるわけないしな。
テーブルの上を見ると、そこでは爪切りが元気に踊っていた。いつもよりも優雅だ。
「あ、爪切り。おはよう。今日何? 白鳥の湖とか?」
爪切りは答えない。まあいいか、とさっさとリビングで朝食を食べることにした。
「あ、爪伸びてきてる。爪切りー、ちょっと……こら、抵抗するな。ま、ちょ、踊るな踊るな!」