【文章】三題噺:自宅のリビング、爪切り、踊る

お茶麦
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 なんだか頭が重いな、と思いながらリビングに向かうと、そこで爪切りが踊っていた。

 やすりなんかがついているテコの部分を器用に使ってテーブルの上でダンシングしていた。

 一体何があったというのだろう。昨日までこの爪切りは自由意志なんて持っていなかったのに。

「爪切り、何か夢でも見つけたのか?」

 問いかけてみるが、何も変わらない。

 多分爪切りには人間の言語は通じないということだと思う。

 しょうがないので、今度は音楽でも流してみることにした。

 これに反応すれば、少なくとも聴覚はあるということだ。

 一体何を流せばいいものか、と悩みはしたが、とりあえず思いついたボレロにしてみることにした。

「……」

 爪切りは反応しない。まるでテンポの違う踊りをしているだけだ。

 クラシックとかはダメなのかもしれない。

 そういうわけで、今度は赤とんぼを流してみた。

「……」

 ダメらしい。しょうがないので、今度は適当に最近のアニソンを流してみる。

『この楽曲を使用するには許諾が必要です』

 なんだこのポップアップは。

 許諾……? そんなちょろっとスマホからアニソン流しただけで……。

 ここでようやくこの世界の真実に気がついてしまった。

 なんのことはない。この世界はMRなのだ。

 ARというには仮想的すぎて、VRというには現実的すぎる。そういう世界だ。

 そう。昨日爪切りのモデリング中に寝落ちてしまったのだ! ヘッドマウントディスプレイをつけながら! どうりで頭が重いわけである。

 なーんだ。ただの荒ぶる物理演算か。てっきり爪切りが自由意志を持ったかと思っちゃったよ。

 安堵しながら機器を頭から取り外すと、そこではまだ爪切りが踊っていた。

 つ、爪切り!? どうして……?

 現実に狼狽えていると、手元のMR機器も同じように踊り出す。

 夢か現か区別がつかない。爪切り、MR機器に続いて、コップ、テーブル、果てには家までもが踊り出す。

 一体何でこんなことに……。唖然としていると、自分の体までもが踊り出す。それも、関節を無視したような動きで。

「う、うわああああ!! ゲームでよくあるバグったモーションだあああ!!」

 不思議なことに全く痛くはない。痛くはないのだが、心に悪い。

 嫌に冷静な頭で考えてはみるが、この世界がバグったとしか思えない。流石にVR内でMRをしていたと思い込んでいたとは考えたくない。

 なんだ。なんなんだ。まさか、この世界が終わるとでもいうのか。

「あ、やばい。なんか変な音する! こ、これが終焉の音——」

 その瞬間、世界は暗闇に包まれた。

『GAME OVER』

「なんだ、VRか……」

 どうやら、ゲームだったらしい。なんだ。世界があんな簡単に終わるわけないしな。

 テーブルの上を見ると、そこでは爪切りが元気に踊っていた。いつもよりも優雅だ。

「あ、爪切り。おはよう。今日何? 白鳥の湖とか?」

 爪切りは答えない。まあいいか、とさっさとリビングで朝食を食べることにした。

「あ、爪伸びてきてる。爪切りー、ちょっと……こら、抵抗するな。ま、ちょ、踊るな踊るな!」

@ochamugi
豆知識? とためにならない知識と文章を置きそうな予感がしています。 ミスキスト。