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残光という名の安らかな光

片道書簡
·
公開:2026/9/27

先日、大好きな漫画家さんの個展に行った。

「ゼラ!ゼラ!ゼラ!ゼラ!」

ゼラである。ライチである。

そう、古屋兎丸展である。

今展示は8/29から開催だったのだが結局行けたのは会期末だった。こんなところでもまた私はリアルフェイスをしてしまったわけだ。

ギリギリでいつも生きていたいからって会期終了したら意味がない。とはいえ、今回どうにか行くことができて良かった。

残光のゼラの絵が良すぎる……。

表情、色使い、塗り全てにおいて「最高」「最高」「最高」で「天最高」を叩き出していた。このポスターは画廊のビル内に貼ってあるのだが、入場前からもうワクワクだった。

ゼラを通り越して「常川くん……!」とまで思った。美しすぎる。

また魅入ってしまい、文字を書くどころではなくなってしまった。

残光のゼラは美しすぎて危険だ。

展示は『白昼夢』の時と同様で二箇所に分かれていた。Aはシュヴァイゲン、Bが残光。

どっちから行こうか迷ったがここはやはり新作から、ということで残光展示室のBへ。

撮影禁止だったので1枚1枚の絵をじりじりと目に焼き付けた。まずはポスターにも展示されていたゼラの絵から始まる。おお〜!とテンションは爆上がりだ。というのも、このデジタル絵が多い時代でアナログの絵が見られるのは非常に貴重なことであり、それだけで既にテンションが上がる。絵の下に飾られているキャプションを一応確認して「ほら!紙とインクだ!」「わ!かっこいい」「これいいよ!タミヤ君!!」と脳内でひかりクラブの3人は言った。生の絵って良いよなぁ……。原作はダークでグロテスクかつネトネトしているが、だからこそ、こちらの展示(残光)で彼等の儚さや健気さが強まる感じがした。

グッズにもなっているこの絵たちが展示されていた。ちなみにこのカードはランダムなのでどの絵が来るかは分からない仕組みだ。

皆健やかな顔をしているように見える。皆儚さがあるけど、カノンのこの表情がまたより一層儚くて美してまさに美少女。

黒背景だからこそ際立つ彼等の美しさ……。

光が木漏れ日のように彼等に降り注いでいる。私はこの絵の数々を見れて良かったよ……。

私が引いたカードの中にはないが、ちゃんと雷蔵も飾られていた。そう!あと、ニコがね〜。ゼラの時は両方の目を閉じているのに、タミヤの時は左目が開いていて「あ、ニコだなぁ」と思った。カノンとライチの絵も良かった。というか私は原作読んでる時もだったが舞台を見てよりカノンとライチの純愛に心を打たれた人間なので、なんというか……この二人が一緒にいるところを見るだけで「😭」←この表情になる。ライチ、誰よりも人間の心を持っていたわよね。だけど、ゼラというか他の子達も人間らしさがあるというか……やっていることはまぁあれなのだが……あぁ、原作というか『ぼくらのひかりクラブ』をまた読みたくなってきた(そっち?!)。ああ、タミヤ……。カネダ……。ダフ……。あぁ……。

ゆっくり残光を見た後は、シュヴァイゲンも見た。今回は特装版の展示がされており、その部分は撮影okだったのだがあの静かな空間で「カシャ」と音を立てるのもな……などと考え、脳裏に焼き付けた。特装版の表紙の穴空き星⭐︎は確か兎丸先生本人が切ったとxで投稿されていたような気がする。私の勘違いでなければ……。特装版の表紙の特色印刷(金)!黒に金はやはり映えるなぁなんて思った。

私は所謂グロテスクなものや血を見ることが苦手なのだが、ライチというか兎丸先生が描くものに関しては大丈夫で、それはきっとストーリーありきだからなのだろうなと思った。

シュヴァイゲンを見ていてやっぱり結構描写としては「おぉ……」となるのだが、それも含めてあの作品なんだよなと思った。

ゼラの体内にも大人たちと同じあの醜く汚い臓器が入っていたという描写とか一見「😨」となるが、あの美に執着したゼラ、いや常川くん、やはりゼラだからこそグロだけではない複雑な気持ちになる。

私は永遠の思春期人間なのでゼラが言っていることにも「分かる」と思うところはあって、刺さってしまうんだよな。思春期の少年少女を描かれる方で最高な方と言えば、押見修造さんも大好きだ。何故なら彼もまたありのままの「思春期」を描いているからだ。ドロドロぐちゃぐちゃしていてそれが最高に人間らしい。だから好きだ。ちなみに私は自認『惡の華』の春日くんである。

春日くんに関しては、中学生編での雨の日のシーンで「僕は空っぽだ。僕は悪の華を読んでる、澁澤龍彦を萩原朔太郎をでも、だからなんなんだ?僕は空っぽなんだ」みたいなセリフを言うところがあるのだが、あそこがまさに当時の、いや今も変わらないかもしれない私だ。

私は昔、ドストエフスキーの『地下室の手記』をおそらく春日くんと同じ理由で読もうと思ったことがあったが挫折した。春日くん、分かるよ。そう、「だからなんだ?僕は空っぽなんだ」ここが真髄である。

高校生編の春日くんにも共感するところは多く、「ああ、やっぱり私は春日くんなんだ」と思った。あと、仲村さんの「どこまでいっても私は消えてくれないから」とか刺さる、刺さる、刺さりまくるよ。『惡の華』は私にとって永遠の聖書だ。アニメとドラマと映画は観ていないが、だがそれで良いと思っている。

最終巻の春日くんと仲村さんの再会からの殴りあいからの「二度とくるなよ ふつうにんげん」が最高で……。また読みたくなってきた。

後半は惡の華の話になってしまったが、兎丸先生の展示に行ってきて最高でしたというお話でした。ライチラライチララライチ!

@ochanomukai
読まれることのない手紙を透明なガラス瓶に入れたら硬いコルクで蓋をしよう。その後こうして海に流してみる。