ドクターマーチンは、素晴らしくパンクでイカした靴を販売している、唯一無二のブランドだ。
にもかかわらず、その名をWEBの検索窓に入力すると、一番初めに「ダサい」というワードがサジェストされる。
そんなわけが、ないだろうが!
以前、人に「マーチンの手入れをするのが趣味なんですよね~」と話したところ、「え、ドクターマーチンって合皮なんじゃないですか?」と返されて、危うく机を蹴っ飛ばし暴れだすところだった。これが、合皮靴の繰り出せるキックでしょうか。
ブランドの成り立ちや経営理念、厚底やヒールのあるシリーズでもメンズサイズが展開されていたりする ユニセックスなデザイン、良心的な価格設定、公式ストアやショールームの店員の親切さ…。マーチンの良いところは沢山あるが、おれが重視しているのは「鬼のように頑丈」という一点に尽きる。しかし、堅牢な作りであるが故に欠点もあった。
新品のマーチンを試したことがある人はわかるだろうが、この靴は、履き心地だとか靴擦れだとかいう次元ではなく、とにかく足がずたずたになる。スキー用の靴下が必要だ。お洒落は我慢、みたいな話ではない。流血と骨折を望むか、という話をしている。
だけどそんな靴でも、慣れると15kmくらい平気で歩けるようになるのだから、不思議なものだ。
たこであるおれは2本の手と6本の足を持っているので、今回は実用的コレクションの中から特別な3足のマーチンを紹介することにしよう。
(いずれも廃版なので、ただの自慢話として聞いてほしい)
前提として、ドクターマーチンの商品には、型番とは別に コードネームのようなものが付いている。
[AUDRICK (オードリック)]
3EYEタイプのオールシーズン対応型。EYEというのは靴紐を通す穴 (アイレット) の組数だ。皮の種類は柔らかくマットなナッパレザー。シンプルな見た目で汎用性が高い。スポーティーな普段着に合わせるとぴったりだし、ビジネスシーンにもぎりぎり耐える。
おれはあまり背丈が高くないから、見栄えを気にして厚底の靴を履くことが多いのだけれど、これは中でもヘヴィーユーズしている。5cmのソールを持ちながら、従来モデル (JADON (ジェイドン)) の重さをミラクル技術で約半分にした軽量版だ。しかしそのJADONにも根強い人気があるらしく、株を奪い合った末 AUDRICKは競争に負けて遂に敗退。おれは好きだったよ…。
ただし、靴底は一切曲がらない。想像してみてもらいたいのだけれど、底が曲がらない (= つま先立ちができない) 靴でしゃがむ動作をすることは、まずもって無理である。額から地面に激突する。階段を下るのもちょっと怖い。
というわけで、今日は絶対に座らないぞ、と覚悟を決めた日にお勧めしたい傑作だ。
[CHESNEY (チェスニー)]
9.5cmのチャンキーヒールを持つ8タイ (リボン式なのでEYEではない, 利便性を犠牲にしてサイドジップも廃した) 型のブーツ。ヒール高さの割には傾斜を感じない。素材であるSendalレザーは他と比べて若干しなやか。靴紐 (定番の丸紐ではなく幅の広い平紐) を通す用に通常のホールとは違ったガンメタルのDリングが組み込まれており、型破りでありながらマーチンらしいロックなシルエットをしている。
遠目から見ても「お、マーチンだな」とわかる強烈な個性が光る大のお気に入りだ。足首の部分が少しだけタイトに引き締まっており、スキニーや袴に合わせると抜群のスタイルを装える。
…が、このブーツ、なんと両足で1,600gの重量だ。ありえない。靴底に鉄板でも仕込んでいるのか?
1.6kgある9.5cmのヒールブーツで走ることは、到底不可能である。ここまで重いともはや転ぶことさえ現実的でない。凄まじい低重心。マイケル・ジャクソンのゼロ・グラヴィティ状態。
ヴァンプ (つま先部分) も異常に厚手で硬く、ドラム缶を蹴ったら簡単に凹ませられそう。このCHESNEYからスニーカーに履き替えると、倍速で歩くことができて、ちょっと得をした気分になれるかもしれない。
[SALOME (サロメ)]
3EYEのクラシカルな10cmヒール。スーツ用のビジネスシューズのようなスマート&エレガントさと堅牢さとを兼ね備えている。つま先部分のソールが厚く丈夫で、ヒールもしっかり太いので足を捻る心配がない。
ブッテロレザーという 成牛の肩の皮を植物タンニンでなめした優美な素材を使用。光沢と張り感のある輝きが特徴的で、経年劣化すら楽しめる。裾をダブルにしたパンツやデザイン性の高い服によく合うようなパーティー向け。
後にSALOMEⅡという後継品も発売されたが、そちらはエッジが鋭利な状態の切りっぱなしになっており、脚の腱もすぱっと切れそう。殺傷を目的に作られたとしか考えられない。なぜリニューアルでくるぶしに優しくないデザインを採用したのかは不明だが、断然 元となった無印版のほうが美しいように思う。復刻させてくれ。
【番外編 (買えなかったので未練がある)】
[2023 YEAR OF THE RABBIT コレクション]
ドクターマーチンの代名詞ともいえるモデルの [1460] と [1461] をベースにした干支シリーズ (毎年正月に限定発売) の2023年エディション。マーチンといえば黄色のステッチとソール・ヒールループ (ロゴタグ) だが、それが限定で金と赤色に変更されている。
兎のような俊敏さ。縁起と景気の良さそうなレッドカラーがぱっと目を惹き、とびきり格好が良いのだけれど、瞬時に売り切れると共に猛烈な勢いで転売され、一度も現物を見ることなく市場から消滅。本当に残念なことだ。
たまに詐欺っぽい海外サイトには出品されているのを見掛けるが、さすがにそういうものに手を出すつもりはない (というかそろそろ干支シリーズは受注生産にしてくれ)。
最もタフで、誇り高い労働者のシンボル。それこそがドクターマーチンだ。
この頃は何か妙な新作を連発していて様子がおかしいような気もするが、いつだって挑戦は大切なことだろう。彼らは公式のHPで "私たちは決して立ち止まる企業ではありません。" と宣言している。"私たちは、完璧を目指すあまり進歩の妨げにならぬよう原点を忘れることなく (略~)" とも言っていた。心強い。
おれはマーチンの革靴を愛している。世間からどのような評価が下されようと、その事実に変わりはない。
頑張れ、負けるな、ドクターマーチン!