おれは先日、中国人の友人に連れられて麻辣湯屋に行き、感激した。
新宿にある楊國福 (yangguofu) という店だ。
そもそも、おれはいままで麻辣湯というものを食べたことがなかった。
火鍋なら何度か。それもこの中国人の友人に誘われて横浜の海底撈火鍋 (中国の火鍋チェーン店, 日本にも何店舗がある) に行ったことがある程度だが。
友人は「中国にいたとき通っていた。一番美味い」と言って、この海底撈火鍋と楊國福麻辣湯を強く推していた。
結論から言えば、麻辣湯の具材と味は火鍋とほぼ一緒だった。
火鍋はスープ自体にそれほど濃く塩味が付いておらず、食べ方としてはしゃぶしゃぶに近いだろうか。付けダレの味が主という認識だ。
一方、麻辣湯はその名の通りスープがメインだ。山椒や唐辛子の入った牛骨や何かの出汁で具材を茹でる。こちらにも一応調味タレというか、自由に使える数種類のオイルや酢、ニンニクペーストのようなものが置いてあった。
いずれにせよ、煮えた状態になってしまえば大した違いはない……と括るのはあまりにも大雑把が過ぎるか。
初めて楊國福に行ったときのことに、話を戻そう。
店内はフードコートのような座席配置。突き当りにあるレジまでの壁際には色とりどりの具材が並べられている。
その手前にある巨大な冷蔵庫のような見た目の殺菌庫から、セルフでボウルとトングを取る。
手元のボウルに好きな具材を好きな量だけ入れ、レジで計量。重さに応じて (400円 / 100g) 金額が決まる仕組みだ。
会計後、店員が奥の厨房で選んだ具材を使って調理し、出来上がったものを席まで運んできてくれる。
この一連のシステムについて、入店以来、誰からも説明はない。
殺菌庫に関しては銀色で非常にいかついビジュアルをしており、友人に教えられるまでは何の装置 (?) なのかわからなかった。
勝手に開けていいものなのかどうかも定かではないし、気付かなければ永遠にボウルとトングを探してうろつき回る羽目になっていたところだ。
口頭での案内も特にない。
店内には沢山のポスターが張り出されているが、基本的な流れやどこに何があるのか、また、置いてある具材の解説は全て中国語での表記だった。
日本語で書かれているのは「計量して1000円以上になると、お好きな麺 (多種類) を80gサービスします」という掲示のみだ。
逆にそれは日本語なのか、と思った。
具材は確か全部で70種類近くあった。
葉物と根菜類を中心とした野菜、海老、薄切りの肉、カラフルな練り物 (正体は不明だが10種類くらい)、餅のようなもの、それに麺が7種類。
インスタントラーメンやサツマイモ春雨の他に、牛筋麺や刀削麺などという珍しいものもあった。
目移りしてしまうところだが、計量器はレジにしか置いていないから、勘を頼りに300gくらいを目指して少しずつボウルに入れる。
レジに辿り着くと、「你好」と当然のように中国語で接客される。周りの様子を窺うに、店員も客も9割以上は中国語話者のようだ。
おれはこれでも中国語を学習した者 (であるはず) なのだが、メニューや制度を把握していない店でいきなり複雑な注文をできるほど熟練してはいない。
というか、日本語の通じる国内のスタバやサブウェイでだって未だにびくびくしながらカウンターに向かっているというのに。
やや立ち尽くしていると、同行の友人がおれに通訳しながら対応してくれる。
スープの種類 (麻辣以外にも、トマトベースや辛くない牛骨スープもあった) と辛さの段階を選べとのこと。
友人は「辛いのがいいけど山椒や花椒は抜きで、唐辛子だけで辛くして」などと難しいオーダーをしていた。
対して、店員は「麺はレジで追加サービスだから (最初に取ってしまった麺の分の) 重量を引いておくね」というようなことを言っていたらしい。親切だ。
これらの会話は全て中国語で交わされており、おれは1割ほども聞き取れなかった。
(おれの頼んだものは) 354gで1414円、と聞こえたので、決済金額を打ち込んだスマホの画面を店員に見せながら、PayPayで支払い。
すると、店員は困惑したように頷き、5円玉を1枚だけおれに手渡してきた。
混乱しながらレシートを見ると、1410円の印字。おれが聞き間違えて多く支払ってしまったらしい。「4円じゃねえの?」と思ったが、元々量り売りだという性質からか、その辺はアバウト。
手間を掛けてしまい悪かった。
ここまで、何とか会計を終えて席を探す。
それなりに席数はあったが、昼時ということもあり満席に近い状態だった (写真は後述する別日のもの)。
店内の隅にある棚から箸とレンゲを取ってくる。水差しとコップはテーブルにあった。
5分ほど待っていると、店員が器を持って呼び出し番号を中国語で連呼しながら巡回してくる。名乗り出る者がいなければ日本語でもコールしてくれるようだったが、緊張の瞬間だ。
友人がスマートに手を挙げる。熱々の麻辣湯がテーブルに置かれた。
サービスの麺とスープが注がれると、350gでも結構ボリュームがある。友人は500g超らしいが、大盛りのラーメン並みの量だ。
せっかくだから味の話もすると、これが大変に美味しかった。
目の前に座っていた友人に、思わず「これ、この鍋、美味すぎないですか?」と確認してしまう。友人は「日本進出の前から知ってたもんね」と得意げに笑っていた。
辛さは控えめにしたのだが、山椒がびりっと効いている。それでいてスープはクリーミーで担々スープのようだった。野菜の茹で具合も丁度良く歯応えが残っているし、サツマイモ春雨はもちもちとした食感で悪くない。羊肉もよく合う。
写真で目立っているサーカスみたいな色合いの具材は、中に魚卵の入った魚のすり身だった。謎にチョイスしてみた揚げパンも油揚げ的な役割を果たしており、意外とマッチしている。
ちなみに、食べ終わったら食器などを下げる必要はなく、会計も先に済んでいるから黙って立ち去るだけでいい。
総評すると、提供されるに至るまでは難儀したが、味はかなり好みで満足した、というところだ。
火鍋が1人当たり5000円程度することを考えると、コストパフォーマンスも高いだろう。量も350gで十分だった。
数日後、麻辣湯を気に入ったおれは、大胆にも単独で楊國福 (今度は銀座店) に挑んだ。
システムは新宿と同じだが、やはり慣れてはおらず不安なまま会計。
レジで「1階席が埋まったので地下に行け」と言われるが、地下への入口が見つからず (一旦店の外に出なければいけなかった) ホールの店員に尋ねる。そのときいるスタッフ次第なところもあるかもしれないが、この店舗では日本語が通じて助かった。
もちろん、味についても間違いない。絶品だ。一口食べてすぐ「また来よう」と決めた。
火鍋を1人で食べるのはハードルが高いが、その点、麻辣湯屋なら気軽に行けるように思う。客も1人で来ている人が多そうだった。
あまり面白がるのも良くないとわかっているが、ちょっと外国にいるようで冒険心が満たされた、というのが正直な感想になる。味と価格の面だけを見てもリピートするだろう。
何より、ずらりと並べられた多種多様な具材は眺めているだけでも楽しい。
辛くて栄養のあるものが唐突に食べたくなったとき、今後の選択肢として麻辣湯屋は大いにありだ。