脱稿した狼男の日記

洗われるたこ
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公開:2026/5/3

[2026/04/26 (日)]

顰蹙を買う可能性が高いので あまり言いたくないのだけれど、どうやら小説家に課される締切には「真」と「偽 (残像)」の2種類が存在しているらしいとわかってきた。

「真の締切」は、校閲 (字句の誤りや内容の整合性・事実関係を確認する) の担当部隊や印刷所に渡さなければ 物理的な雑誌や本の発売日に間に合わなくなるデッドライン。

一方、「偽の締切」は、上記の「真の締切」を守らなさそうな作家に対して編集者が余裕をもって伝えるバッファ (緩衝期間) 込みのスケジュールだ。

力を尽くすポイントは別にあるべきとは承知した上で、関係各所に多大な調整をお願いし 様々な作業を全力で切り詰めれば、多少は後ろにずらすことができる…かもしれない。

今年の2月頃、おれは大きく体調を崩し、この「偽の締切」を踏み越えてしまった。

そして年度末のどさくさに紛れて方々へ再調整をしてもらったが、ここへ来て、最新の長編原稿の「真の締切」が到来…。

直近の数日間、誇張なしに1日16時間くらいPCに向かってひたすら作業を続けた。なんだかずっと左半身が痺れている。

[2026/04/27 (月)]

締切当日。

23:59までに原稿を渡す約束をしているが、一応朝の時点で目途は立っていたから、予め「この後 送るので心配しないでください」というメールを出しておく。

精神が昂ってしまい、ほとんど眠ることはできなかった。

夜。普段から作業通話をしている友人作家の励ましを受け、どうにかチェックまで終えて提出に至る。自惚れだろうが、過去と比べ物にならないくらい 面白いものを書くことができた。

夕食の時間を遅らせてまで おれの格闘に付き合ってくれた友人、そして急かさず しかし見放さず大きく構えてくれていた編集者には、とても、とても感謝を伝えきれない。(もちろん、新作を待ってくれている読者のあなたにも!)

簡単な食事を取って即刻倒れるかと思いきや、全然寝られず、睡眠剤を大量服用して強制シャットダウン。

[2026/04/28 (火)]

何ヶ月か振りの完全な休日…にしようと思ったけれど、普通に雑務が山積みになっていたので、事務仕事消費Dayとなった。

世間の長期休暇に備えて病院に行き、睡眠薬を貰う。

贅沢にも「はなまるうどん」で昼食を取って、ついでに床屋で髪を切って染めてもらった。新色が出ましたよ、と教えられたカラー剤に 明るく青いネモフィラ色があって、「もうそんな時期か」などと感慨に耽る。

本屋に寄ってから夕方に帰宅して、打ち合わせの電話をしたりチャットを送ったりしているうちに、夜。

[2026/04/29 (水)]

「行きたいが、仕事が…」と葛藤していた青山・外苑前のアートギャラリーへ。

去年、寄稿した短編小説「逸神」(小説新潮 2025年2月号) の扉絵を担当してくださった油彩画家・出口えりさんが イラストレーターの藤安初枝さんと共に開かれている展示会「euphoria」だ。

率直に言って、かなり良かった。

贔屓目なしに惹きつけられたし、やはり原画からは 繊細さだけでなく 荒々しい勢いや息遣いが感じられて、圧倒されるところがある。線の太さというか、石の面のような捉え方が非常に格好良い。

新たに並べられていたグッズもときめきに溢れており、気付いたときには思わず手に取って購入してしまっていた。

出口さんと藤安さんとも直接お話ができて大喜び。たまたまおれが持っていった差し入れの菓子ブランドの創業年が ご本人のお生まれ年と同じだったらしく、謎の運命を感じる。

前後して、出口さんがお勧めしていたフレンチバー「CITRON Aoyama」へも訪問。酸味の利いたレモンタルトが鮮烈だった。

周辺で軽く買い物などもして、帰宅。

[2026/04/30 (木)]

急に早朝に目が覚め、空腹だったので「すき家」でモーニングセットを食べる。8時前に戻ってきて、少しだけ仮眠。

昼から作家の友人と作業通話を開始する。

翌日の打ち合わせに備えて別の原稿を読み直し、資料を準備。何だかんだで朝になってしまった。

[2026/05/01 (金)]

寝たのが朝方なのに午前中の早いうちに目が覚める。前日に作った資料を確認しながらカフェに移動。

昼過ぎに編集者が来てくれて、隣の立派な喫茶店に移って打ち合わせをする。高くて珍しいコーヒーをご馳走になった。

編集者とは文字ベースでは遣り取りをしていたものの、顔を合わせるのは久し振りだったため、嬉しくなって ついハイテンション気味に沢山話してしまう。

進んでいるのか先延ばしにしたのかわからない結論と共に、それでも前向きな気持ちで帰路に就いた。

[2026/05/02 (土)]

ずっと楽しみにしていたお出掛けの日。

スペシャルな先輩で友人の作家・蝉谷めぐ実さん と 荒木あかねさんと共に「満月の日」にだけ特別なコースを提供しているという文京区のバーへ。

初っ端からフキノトウのカクテルが登場して、度肝を抜かれる。

飲み物の間に出てくるチェイサー (!) としてアルコールとノンアルコール飲料を選べる 斬新なスタイルだった。

荒木さんが「なんか…木…?」と仰っていたドリンクも、本当にヒノキとスギから抽出したフレーバーだったらしい。

これは特製のバラを散らしたあんみつ。端正だ。

盃の中にも月を見つけた。

人生で口にしたことのない甘やかな苦味と香りに、店主の方への質問が止まらなくなる。「どこから着想を得ているのか」(林業に注目しているとのこと) や「いつ新作のことを閃くのか」「他の店に (偵察に?) 行くことはあるか」と面白いお話を伺うことができた。

美しい所作については、特に練習したりしているわけではないのだという。ならば いったいどうやって身に付けたのか。すげ~。

その後、後楽園の辺りを歩いていたら ちょうどボクシングの井上尚弥選手 vs 中谷潤人選手の試合開催日だったようで、観客の押し寄せた東京ドームがとんでもないことになっていた。

せっかくだから、ドームの麓にあるダイナー「TGIフライデーズ」に入店。

海賊のような豪快さで、蝉谷さんがテーブルの全てをご馳走してくださった。

好き放題に満喫し、あり得ないレベルで満腹。毎日でもこうしていたいぜ。

普段は一人でやり過ごすように食事を取っているから、大好きな人たちと美味しいものを囲んで笑っていると良い気分だ。

今夜は花月・フラワームーン。夢のように麗しい時は、辛く眠れない日々の中のほんの一部でしかない。

だからこそ、おれはこうして大事な記憶を書き留めておきたいと、思う。

@octopus
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