Bluesky上の友人が出張で東京へ来るということで、食事に誘ってもらった。
友人はおれより少し年上らしい、西の方に住み、以前 小説の推敲を手伝ってくれた人だ。姿かたちは知らないが、おれは彼のことを勝手に「逆・宮沢賢治」と呼んでいる。(過去に彼自身が "自分は『雨ニモマケズ』の逆を行く" というようなことを言っており、それにウケて以来おれはこのネタを擦り続けている)
学校で「インターネットでやり取りをしただけの顔も知らない人と会うのは云々…」と指導されてきた世代のおれだが、ここはもう運と信頼の次元の話だった。会ってみたいから行く。自分の身に責任を持てる大人なのだから、どのような結末を迎えようと万事それでいい…というわけではないけれど、そもそも相手方としても このおれが非常識な狂人である可能性を排して誘ってくれているのだ。提案を有難く思い、おれは喜んで逆賢治さんと対面の約束をした。
それはそうと、当たり前のことだろうが、あなたがインターネット上の知らない誰かに会う際には 十分に気を付けていってほしい。
さて、中央区・日本橋駅を出てすぐの商業施設前での待ち合わせ。
時刻は17:30過ぎ。スマートフォンを片手に集合場所辺りをうろうろしていると、しゅっとした長髪のお兄さんが登場。「さすがに東京の真ん中ともなると洒落たモデルみたいな人も歩いているんだな~」などと思っていると、突然その人に声を掛けられる。「(おれ = たこが) ドクターマーチンを履いていたからすぐわかりましたよ」とのこと。彼が逆賢治さんだった。おれは泡を食って姿勢を正した。
一通り挨拶を交わした後、目的地である三越方面に向かう。
辿り着いたのは…
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「日本橋 鰻 伊勢定 日本橋本店」
お祝い事 (受賞の件) も込みだから、と逆賢治さんが予約してくれた鰻屋。こんな機会でもなければ、人生で一度も入ることのないような格式高い店だ。
着物姿の店員方に案内してもらい、エレベーターで上階へ。案外カジュアルな、けれど厳めしい座敷に通される。
品書きの冊子を開き、おれたちは「うめし」という ひつまぶし風のセットを頼んだ。正体はいまいちわからないが、HPには "鰻入りせいろ蒸しご飯" との記載がある。なるほど?
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なんともゴージャスだ。
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指南書もついている。1杯目はそのまま、2杯目はミョウガやワサビといった薬味を乗せて、3杯目はポットに入った出汁を掛けて…と、おれはこういう指示の類には律儀に従う。
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せいろ蒸しを名乗っているだけあって、ふわっと良い香りがして温かい。外で鰻を食べたのは初めてだったのだが、やはり特別な非日常感があった。
食事をしながら本や音楽や建築物についての話題。
逆賢治さんは物腰が柔らかく落ち着いた方だった。それでいてローテンションというわけでもなく、話し方が絶妙に上手い。何というか、おれがずっと練習みたいな言い振る舞いをしている間、逆賢治さんはリハーサルをすっ飛ばして本番の喋りをしている、という感じ。トークレベルがおれと5段くらい違っていた。
いま考えてみると彼に「ええと~」「あの~」「何か~」みたいな予備動作 (フィラー?) が全くなかったせいかもしれない。一挙一動に迷いや淀みがなく、洗練されている、と表すのが正確だろうか。とにかく普段の自分がどれだけ適当に話しているかを思い知らされた。ちゃんとしなくては、と反省が尽きない。
会話の中で挙げられた書籍のうちのいくつかを (未来のおれのために) ちょっとメモしておく。リンクはアフィリエイトではないので皆は好きな所で探してくれ。
『奪取』(真保裕一)
『火車』(宮部みゆき)
『シブミ』(トレヴェニアン)
『私の幸福論』(福田恆存)
『民藝とは何か』(柳宗悦)
それから印象に残っているのが、手回品がコンパクトな逆賢治さんが文庫を3冊も持ち歩いていたこと。おれが鞄に3冊も本を入れていることは、本屋からの帰り道でしかありえない。次々と出して紹介してくれるものだから、かなり四次元ポケットっぽくて面白かった。
謎のうめしを完食の後、まだまだ話し足りないので近くの喫茶店へ移動。
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おれは毎度「ブログ用に写真を撮らせてくださいね」と言いながら逆賢治さんを待たせている。年下のくせに態度がでかい。
「かふぇ&バー ぺるしゃわーる」
入口の扉の前には「モンブラン残り×個」の文字。
入店するとカウンター席もあり、確かにカフェとバーの中間のような雰囲気だった。奥のテーブルに通される。
メニューを持ってくるなり「モンブランまだありますよ」と店員。あたかもおれたちがモンブラン目当てで来たかのような…
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…まあ、注文したのだけれど。
このモンブランが非常に美味しかった。よくあるどっしりした感じではなく、全体的にふわふわと軽い。甘さもさっぱりしていた。無糖のカフェオレとよく合う。
色々な話をしていくうちに、おれが仕事で着る服の相談に乗ってもらったのだが、途中「金髪とか和装とか目立つ格好で式典に行くと、一時的にはインパクトがあるだろうけど、結局その特徴でしか覚えてもらえないから、それをトレードマークにする気がないのなら無意味」という助言があり、妙に納得したので、ここに書き残しておく。
…と、あっという間に22:30。この辺りで時間切れだ。
おれが荷物をまとめたりなんだりしていると、逆賢治さんがいつの間にか会計を済ませてくれている。どこまでもスタイリッシュな方だ。
圧倒的なスマートさの前に敗北し、大変に恐縮なことだが、全て (実は1軒目も) ご馳走になってしまった。毎日西へ向かって拝まなければいけない。この恩は必ずお返しします。
駅に戻り、それぞれが電車に乗ってねぐらに帰る。
別れ際に受けた「ちゃんと食って寝て健康に過ごせよ」という啓示については、善処します、というところ。
【おまけ】
この日、逆賢治さんから アロマピローミストという、枕にスプレーするタイプの睡眠用芳香剤を頂いた。おれの壊滅的な睡眠習慣を気遣ってくれてのことらしい。
蓋を開けてみると、柑橘の皮と若い草原の香りがする。とても好みで、涼しい風の吹く屋外で青い芝生を横切る夢が見られそうだと思った。
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