おれはシステムエンジニアだ。限界の労働に晒され心身を壊して退職した。
転職先であるいまの職場 (システム屋ではない) でもIT本部のようなところに所属しているが、前職はSIerだった。
先日、そのSIer時代の同期たちに呼ばれ、飲み会に行った。
元同期は全員で10人ほどいるのだが、皆、非常に人格的に優れた人たちだ。親切でよく気が回りさっぱりとしている。
年齢も性別も部署もばらばらだったが、かつて彼らとは毎日一緒に昼飯を食べる仲だった。
おれが休職したときには「暖かくして美味しいものを食べてゆっくりするんだよ」と声を掛けてくれた。引き籠りがちになっていた時期にはドライブや小旅行に連れ出してくれもした。そのまま転職が決まったときにさえ送別会を開いて「頑張れ」と言ってくれた。本当に感謝している。
ところが、そうやっておれを励ましてくれた同期のうち1人が最近休職したとのことだった。
物静かでおれより2つ年下の優しい男だ。
今回の飲み会は在職中のメンバーが「彼の気分転換になれば」と考えて企画したものらしかった。
少し遅くに集合し、大井町の鉄板焼き屋でお好み焼きともんじゃ焼きを注文。
普段酒を飲まない連中もアルコール飲料を頼む。
おれが相当に遠慮しながら休職のことを尋ねれば、本人は「気付かないうちにガタが来ちゃってたみたいで」と笑った。
おれは「まだ休んで1ヶ月くらいでしょ。1年以上休んでいたおれを見て、転職して誰にも昔のことを知られずに働けている」と言ってみせる。
散々な現状を「働けている」と表現していいのか迷ったが、心配することはないと伝えたかった。
23時過ぎに店を出て、駅前にあったスーパーマーケットで各々アイスクリームを買った。
それを手に川崎方面へ歩き、途中で見つけた大きな公園のブランコやスプリング遊具に乗って、穏やかに揺られながら食べた。
何年も前、まだ誰も欠けずに一緒に働いていた頃、同じようにコンビニで買った菓子を持ち寄って昼休みに社食でぼんやりと過ごしていたことを思い出す。
晴れていて気温も湿度も丁度良く、月が明るい。風が心地良く流れる夜だった。
この時点で終電も過ぎていたので近所の適当なダーツバーに入り、おれたちはしばらく酒を飲みながら時間を潰した。
朝方になり、会計をして「また近いうちに会おう」と手を振り合って別れた。
休職した彼に対しては皆「ご飯はちゃんと食べて」「たまには日の光を浴びること」と産業医のようなことを言っていたように思う。
彼は心許なげに「善処します」と応えた。
彼らは皆、都内に実家を構え、現役世代の両親を持っている。
はっきり言えば働かなくても生きていける人たちだ。
おれは辞めた会社の同期たちに心からの親愛を感じながら、しかし、ふとしたときに「でもあんたらは仕事を辞めても平気じゃないか」と考えてしまう。
「その優しさや要領の良い振る舞いだって結局は経済的な余裕があって成り立っているものだろう」と。
そのことを、とても後ろめたく思う。
自分よりも不幸で大変で人間を見つければ、おれは満足するのだろうか。
おれも彼らのように気安く親切でいたいのに、どうして。
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