髪を染めた。狐の冬毛のような黄緑寄りの明るい茶色だ。
ここしばらくは地毛である黒髪のままだったから、鏡を見る度に自分でもその派手さにぎょっとしている。
あまり奇抜な外見をしていると天才プログラマーのように見えてしまう可能性があるため (何の心配?) 躊躇していたのだが「梅雨だから構わないでしょう」と話す美容師に勧められるがまま脱色した。
元々、おれはスーツの下にかなり目立つ色柄のシャツを着ているし、ゴールドのピアスだって3つも付けている。
営業職のように直接客に会う仕事でもないから、スキンヘッドにしていようがコーンロウにしていようが誰も文句を言わない……と思い、実際に身嗜みに関する社則も厳しくはないのだけれど、なぜか皆 真面目な恰好を崩さない。
余談だが、いまの職場ではThinkPadを抱えた短い金髪に白パーカー姿の女の人を見掛けることがある。大量の菓子や飲み物と共に席に散らばっているのは、カロリーメイトの黄色い空箱。いつもヘッドフォンを着けていて 話し掛けたことはない。
だけど他にそんな人はいないから、おれは彼女が雇われのホワイトハッカーか何かなんじゃないかと疑っている。あるいは社員ですらなく、堂々とビルに侵入 (物理) しているブラックハッカーかもしれない。
オフィスに行くのは週に数回。
ラウンジではソファーに横になって昼寝している人もいるし、スマホでYoutubeを観ながら弁当を食っている人も、ラップトップをぐるりと5.6台並べて小室哲哉みたいになっている人もいる。
わりとラフな社風ではあると思うが、入社以来おれがそこに加わることもないのであった。何と表現すべきか、未だに「どの程度偉くなればそのように振る舞っていいのか」の塩梅がわからない。
おれは個性や自由というものを重んじているし、べつにオフィスで好き勝手やったところで周囲から咎められることもないのだろうが、それが逆に怖いというか、(おれに対しては) あまり奔放さを許容してほしくないという気持ちある。
誰かに監視してもらって「おまえ、それは流石にまずいぞ」と指摘を受けられる環境にしておかないと、自分がとんでもない傍若無人な怪人に成り果ててしまうような気がしているのだ。
長らく1人で暮らしていて 社会との繋がりが弱いというせいもあるだろう。
さて、髪は傷んで濡らすと千切れそうにぎしぎししているが、前髪を透かしてみると光が通り抜けるようで少し嬉しい。
脱色することで質感が随分変わった。梅雨の季節には渋く真っ黒な和傘も良いけれど、綺麗な薄い色のビニール傘も悪くない、というところ。
将来このダメージが影響して禿げるんじゃなかろうかと若干恐れたりもしているだが、おれに数年後なんて存在しないかもしれないし、とりあえずいまは色々と試して 納得できる形に寄せていきたい。
以上。