夜行性のおれにしては珍しい活動時間、正午前。

早川書房の建物だ。
どうしてそんな所にいるかというと…
第12回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞した犬怪寅日子 (いぬかい とらひこ) さんに会うためだった。
SFとミステリーの間に隔たる絶妙な壁。しかし、おれと犬怪さんは2024年デビューの同期であり、友人であり、平日の真昼間から街へ繰り出し茶を飲みに行く仲だ。
犬怪さんの受賞作で アンドロイドの少女と羊にまつわる魔性の一族の物語『羊式型人間模擬機』は、この記事を公開した時点で既に早川書房から発売されている。
今回のブログについてのあれこれは 予めご本人に承諾を得たものであるが、おれが後になって何か「まずい」と思い直し書き換えることがあるかもしれない。容赦されたい。
「サロン クリスティ」
"カフェ" でも "喫茶" でもなく "サロン" 。
どこか危険なの香りがするこの店は、早川書房の本社ビル1Fに位置している。営業のタイミングは変則的だが、早川書房に関係していなくても一般の利用が可能。その名は言うまでもなく、ミステリの女王:アガサ・クリスティが由来だ。

さて、おれたちは予約もせずにやって来たのだけれど、席に着くなり 店員の人に「犬怪さんですよね?」と一撃で言い当てられる。控えめな色々と犬怪さんの本についての大絶賛。それに返す丁寧な対応。人気者は大変そうだ。

「写真を撮っても?」とスマートフォンを構えると ご機嫌にポーズを取ってくれる犬怪さん。
「薄い肉が食べたいですよね」という合意により、おれたちはランチのローストビーフプレートを注文。値段は忘れたが、1,400円くらいだったような気がする。スープとサラダ・パン・選べる飲み物が付いている。

明確に、美味しい。
けれど 我々の真の目的はランチではなかった。
実は、犬怪さんの自伝的小説『虎山犬飛子のままならぬ人生』(文芸ムックあたらよ 第二号) の中に、出版社との挨拶でカフェにお茶をしに行った先でデザートを頼んだが、周りに甘い物を食べている大人はおらず、皆は本当に "茶" を飲んでいて、「間違えた」と思いながら いまさら断れず皿の上のシュークリームと共に名刺交換を進める…というような展開があるのだが、一連はこのクリスティで巻き起こった出来事であると聞く。
おれはそのエピソードを妙に気に入っていて、会う前から筆者や周囲の人たちに伝えていたほどだ。

…ので、当然 印象的な件のシュークリーム (プロフィットロールというらしい) を注文。シュー生地の中にカスタードとホイップクリーム、チョコレートコーティングという英国風のアレンジ。
犬怪さんはクラシック・プリンを頼み、オリエント・エクスプレスと名付けられたブレンドの紅茶はポットサービス。謎めいた事件の香りだ。

見計らって、持参した犬怪さんの単行本『羊式型人間模擬機』をテーブルの上へ。おれは おれが所持している中で最も高価で特別なボールペンを取り出してサインをお願いする。(事前に「ください」という予告はしていた)
自分でも驚いたが、これが作家に貰う人生で初めてのサインだ。

さらりと迷いなくペンを走らせる犬怪さん。
「いままでで一番上手くかけたかも」とのこと。おれは目の前で描き加えられていくポップなイラストに大喜び。

ベリー・ナイスなサイン。
しばらく自分たちの小説についての話で盛り上がる。
瞬間、ふと鞄の中に入れてきた原稿のことを思い出した。完成まで他人に見せるつもりがなく、けれど「ここで犬怪さんに読んでもらうしかないのでは?」と考え至る。××をテーマにした、ごく短い文章。おれは移動の電車の中で推敲するために印刷したそれを隠し持っていたのだった。
かなりの思い切りをもって、二つ折りにした数枚の用紙を差し出す。「ちょっと読んでみてもらえませんか」
自分で願い出ておきながら、目の前で己の文章 (それも極めてノンフィクション寄り) を確認されることに耐えられず、おれは一旦離席。

一方的で迷惑な真似をしてしまったか、とやや反省しながら戻ってくると、渡した原稿を読み終えた犬怪さんが「良いですよ」と力強く言ってくれる。「絶対に刺さる人がいる」「このまま出して」と。それが何よりの肯定だった。
…というわけで、おれはそのまま原稿を出版社へ提出した。
それがいつどうなってどこに掲載されるかされないかという話は、また後日。
昼食を取って甘い物も食べたし、まだ帰るには早いから ちょっとその辺りを散歩しましょう、ということで神保町方面へ。おれの行きたい店に付き合ってもらう。

道端に設置された東スポ餃子 (詳細不明) の自販機に引っ掛かる二人。嘘みたいに愉快。
道中「出版社で打ち合わせをした日にはいつも頭の中がいっぱいになってしまって ミニストップの得盛ソフト (バニラ) しか食えないんです。でも、一度に2つ食べるから通常サイズの4個分…」という相談 ("冗談" ではなく) を交えながら 到着したのは…
「さぼうる」

14:00頃だったか? 前に3組ほど待ち行列。でも すぐ10分くらいで席に案内された。

ここの名物は、何といっても7色のクリームソーダだ。窓際にはミニチュアのディスプレイが飾られている。
真冬にアイスクリームの乗ったケミカルサイダーを飲もうとする愚かなモンスターはこのおれだけ…である一方、犬怪さんは大胆にもホットミルクをオーダー。ベクトルの違う余裕の見せ方だ。

空色のクリームソーダと、取り留めのないトピック。
探偵事務所を開くならどういう間取りにするか、リアルの探偵は浮気調査ばかりで 狙った通りの結果になってもならなくても辛そう、いつか我々で本を読んだり書いたりしながら喫茶店を開き その2階で暮らして 庭で大きな犬や何かを飼いましょうね、店の制服は可愛いのと格好良いのと個性的なパターンで3種類必要で~、という話を経て 確定申告の話題。どれも等しく大切で現実的な問題だ。
飛躍して、「じゃあ (?) みくじをひきません?」ということになり、Googleマップを片手に近くの神社へ。いま振り返って気付いたが、おれはまったくみくじばかりひいているな。神頼み、運頼み、全部に跪いて拝み倒す。

「五十稲荷神社」
普通の住宅街に勢いよく謎のスポットが出現。その異様に整った綺麗な佇まいに「リニューアル」という不敬ワードが頭に浮かんだ。
参拝、即、末吉。「願いは一応叶うから慢心しないで頑張れよ」みたいな指示が書いてある。了解。犬怪さんのみくじの結果については書かないでおくが、「サムネイル、サムネイル」などと唱えながら二人で神社の写真を撮った。
再びクリスティの前を通り抜け、神田駅まで引き返す。
編集者や営業担当者を伴う書店訪問の際 昼食にサイゼリヤを希望したところ 格の違うお洒落な真のイタリアンに連れていかれた、という犬怪さんの話にウケているうちに、日も傾いてきて 駅に到着。
名残惜しいけれど、同期組の楽しい散歩の第1弾はこれにてお終い。「また近いうちに」と約束してそれぞれ帰路に就いた。
素晴らしい犬怪寅日子さんの ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作『羊式型人間模擬機』は、現在 早川書房より書店・インターネットで販売されている。
不思議な設定と世界観、登場人物たちの心の優しさ、いつまでも頭に残る言い回し。おれは1章の途中から既に感激し、普段は小説に対してそのようなことはしないのだけれど、何枚もの付箋を貼ってメモを残した。魂の震える唯一無二の一冊だ。ぜひチェックしてみてほしい。
それから、早速おれの単行本を予約してくれた皆にも、大きな感謝と愛を伝えたい。書影が未発表ということもあって、情報を出したり濁したり半端にしている状況にもかかわらず、沢山の期待と応援を貰えて大変に励まされている。
全て公開されたら改めてどこかにまとめるから、一緒に解禁を楽しみに待っていてくれ。リリース予定は 3/19 (水)、翌日の木曜は春分の日で祝日だ。発売日に手に入れて本を開き夜更かしするのがいいだろう。吸血鬼といえば夜行性だ。
そういうわけで、おれたちの小説を どうぞ宜しく!