退職に際する短い記録 (結論のない日記)

洗われるたこ
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公開:2024/8/31

おれは勤めているIT系の会社からの退職を決め、そしてついに最終出勤日を迎えた。退職日自体はまだ少し先だが、残りは有給休暇の消化期間となる。

最後の4日間、おれは自分の仕事の引継ぎをしつつ、中途入社した同い年の男と昼休みにハンバーガーを食べにいったり、ありえないほど激務の先輩に海鮮丼屋に連れていってもらったり、たった一人の後輩と一緒にオフィスを抜け出してコーヒーを買いにいったりした。レインボーブリッジの見下ろせる高層階の社員食堂でくだらない冗談を言い合いながら、ずっとこうだったらいいのに、と思った。もしくは、昔からこうであったら違う選択をしていたかもしれなかったのに。

皆はおれの退職理由について知りたがったが、おれは本当のことをあまり話さなかった。上司や人事担当には「周りの方々には本当に親切にしていただきました」「突然のことでご迷惑をお掛けして申し訳ありません」とだけ言った。あまりにも多くの嘘を伝えすぎて、自分でも何が正しかったのかわからなくなった。

最終日の午後。私物を置いていたロッカーを空にして、パソコンと社用スマートフォンを返却し、名刺を捨て、会議室に集まった所属部署のメンバーたちの前で挨拶をする。「短い間でしたが大変お世話になりました」

後輩はおれに「××さんがいなくなったら話し相手がいなくなっちゃいますよ」と言った。おれは笑って「いつでも電話してきて」と返した。特に仲の良かった数人と、ここまできて初めて連絡先を交換した。だけどきっと、彼らはもうおれに会ってくれないだろう。

社会との繋がりが断たれ、おれはますます喋るのが下手になる。世間のこともわからなくなり、さらに人前に出られない見た目になっていくかもしれない。貯蓄は減るばかりで、先々のことは極めて不透明だ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

@octopus
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