おれがこんなにも理不尽な怒りに振り回されているのは、いまが年末調整の時期だからだった。
長くおれの書くものを読んでくれている人は だいたい察しがついているだろうが、おれはADHD (注意欠陥多動性障害) だ。ASD (自閉スペクトラム症) の傾向もあり、程度が悪く障害者手帳を持っている。ただし障害者年金を貰えるほどではない。
病院で正式に診断されたのは 大人になってからだけれど、おれはおれがそうであると10代半ばの時点で気付いていた。おれの両親は決して精神系の病気や障害・疾患を認めない人たちであるから、おれはこのことをごく親しい友人にしか明かしていない。明かしていないが、皆わかっていることだろうと思う。
サラリーマン時代、一番辛かったのが オフィスや会議室で長時間じっとしていなければいけないことだった。おれの様子のおかしさに気付いた人に「多動じゃん笑」などと突っ込まれると、むきになって否定するのも変に映るだろうから、こちらは笑って受け流すしかない。
同僚があまり動作が洗練されていない先輩を指して「あの人絶対にハッタツだよ」と陰口を言っているのを聞いた。せわしなく身体を揺らすのを真似して笑っているのを見た。おれはその輪の内側にいたことすらあった。健常者たちの悪意と嘲りの会話の中に混ぜてもらい「おれがADHDなのはまだバレていないんだな」と胸を撫でおろしていた。
過去に属していた2つのIT会社にはどちらも一般入社した。自身がADHDであることを隠したまま、他の人と全く同じ基準で採用試験を受け、同じ労働条件で同じ報酬を受け取る。いわゆるクローズ就労というやつだ。
おれは誰にもどんな配慮も求めなかったし、この障害のために何か迷惑を掛けるようなことはなかったと思う。ずば抜けて優秀というわけではなくても、システムエンジニアとして期待されるだけの十分な働きをしていた。
だが、ある年の年末調整のときに会社の経理 (障害者手帳があると控除額が若干異なる) に気付かれてしまったのだ。
その後 総務部から「障害者手帳をお持ちでしたらご協力ください」との連絡が来た。この「ご協力」というのは、障害者雇用促進法に基づく法定雇用率を満たすための数字になってくれ、という意味だった。企業には一定の割合以上の障害者を雇用しなければならないというルールが課せられている。「一般社員としてのバリューを出すおまえが名義だけ貸してくれるなら新しく障害者に限定した募集をかけなくて済むからラッキー」ということだ。
おれは「ふざけるなよ」と思った。
おれが、この年末調整さえなければ気付かれないほど自然に振る舞い、一般社員に劣らない業務をこなしてきたのは、ただおれの努力によってのみ成り立ってきたことだろう。採用時にも業務の中でも評価段階でもそれを見抜けなかったくせに、いまさら結果だけを掬ってフリーライドしようというのか? おれの存在は障害者雇用の実績を水増しするための都合の良い数字でしかない。そう突き付けられているも同然だった。
わかっている。これはおれの極端に偏った解釈だ。社会や会社と言うのはそういうものだし、おれが手帳のコピーを提出したところで 組織の利益にはなれど どこにも損をする人は発生しない。
だけどあまりに無神経だと思った。経営者層や、担当者や、誰が悪いという話ではない。おれが必死に健常者の振りをしてきたのが、何のためだったのかわからなくなってしまった。
本当に身勝手で利己的だったのは、おれと会社のどちらだろう。
異常に多い自分の瞬きに苛立ったり、際限なく部屋に溜まっていくごみを前に何もできずにおろおろとしたり、いつもの位置に物がなくてパニックになったり、感覚過敏のために好きな服はおろか 善意で他人から貸してもらった上着すら着られなかったことも、頭の中がタスクで埋め尽くされていく焦燥も、それを整理できずに先送りしてしまうもどかしさも、過集中による不眠も、「ADHDなんて所詮ファッション病だろう」と向けられた冷笑も、揶揄も、障害を言い訳にして自分勝手なことをする人間と同列に扱われるのではないかという恐怖も、「努力して工夫すれば上手くやれるのに」という的外れな非当事者の助言も、こうやって何でも捲し立ててしまって後から悔いることも、おれはもう うんざりだった。衝動、非合理、混乱。耐えてきた全部が無駄だったと思った。

ADHDやASDが「治る」ということはない。薬のことは命綱とも気休めとも思う。
初めから大きな負債を背負っているようなものだ。どこまでも縺れていく思考にも疲れてしまった。マイナスをゼロに戻す気力は残っていない。今生は清算してしまうほうが早いと思った。来世などないと言った誰かの捨て台詞が救いだった。
それでも、おれは総務からの障害者手帳の提出要請に応じ、同意書にサインをした。それが「普通」であると、健常者ならそうすると考えたからだ。上手くやっていきたかった。この憤りが誰にも理解されないものだと知っていた。抵抗を見せても社会では不利になることしかない。
そうして無理を通した結果が、これだ。
おれは社会から振り落とされてしまった。違う。ぼろが出る前に逃げ切ってやろうと自ら道を外れていった。初めから真っ当で人並みの人生は望めないと知っていた。だから嫌だったのに。
嫌ならやめればいいと言う人がいる。
おまえの言う通り、おれが人生を手放せば満足だろうか。その無責任さを羨ましく思う。指図の言葉をおれに向けて放つのなら、せめておまえがこの背中を押し、終止符を打つのが道理だ。手を汚さずにいられると思わないでほしい。外野の人間がいま脊髄反射で閃いたその「解決策」を、おれがこれまでに考えつかなかったとでも思うのか?
2年前に、バイクで日本一周を成し遂げた後にダムで投身自殺をした若い男性がいた。彼は亡くなる直前、唐突にTwitterへADHDの診断書の写真をアップロードし、こう投稿した。
ここで僕の旅は終わり。
もう苦しみたく無いし悩みたくも無い。
最後に日本一周出来て幸せだった、楽しかった。
さようなら。
案の定、当時のインターネットには「日本一周できるような行動力があるなら生きていけたはず」「ADHDでもなんとかなっている人もいる」「死ぬくらいなら××すればよかったのに」というような意見が溢れ返っていた。
自分以外の人間にも心や思考力があるということを忘れてしまったのでなければ、このように無意味で誰も救うことのない説教を垂れるべきではないとわかるはずだ。
あれから、おれはずっと彼のことを考えている。処方されたコンサータを飲む度に、高額なインチュニブの支払いを薬局でする度に、部屋をひっくり返し 注意欠陥によって紛失したストラテラを探す度に、自分が同じ線の上に立っていることを、その一歩先にダムがあることを思い出す。
先のようなコメントを書いた誰かは、いまでも彼のことを考えたりするのだろうか。あるいは、自分の隣に障害のあることを懸命に隠して生きている人間が存在するかもしれないと、一度でも想像することがあれば。