かき氷を食べにいかないか、と誘われて「そういえば今年はあまり夏らしいことをしていなかったな」と思い、吉祥寺に向かった。

「cafe Lumiere (カフェ ルミエール)」
場所はJR吉祥寺駅南口からすぐ、ラーメン豚山の入っている雑居ビルの4階。入口は二重扉で、冷気が逃げるからドアをちゃんと閉めろと注意書きがあった。
店内に入ると予約しているかと訊かれ、Noと答える。「14:30からであればご案内できます」と店員。このとき13:00を少し過ぎていたから、1時間半ほどの待ちだ。ウェイトボートに名前さえ書いてしまえば、時間が来るまでここで並んでいる必要はないという。その通りにして、一旦退店。
その間におれたちはもう1軒、気になっていた店へと足を運んだ。かき氷に1日1杯までという決まりはない。
「氷屋ぴぃす」
こちらも吉祥寺駅南口から徒歩5分くらいの場所に位置している。
覗いてみるとカウンタータイプのコンパクトな店内。ちょっとラーメン屋のようでもあった。店先に張り出されている予約台帳によると次の空き枠は15:49。なんと中途半端な時間だろう (なぜか8分刻みで設定されていた。シビアに管理しているのかもしれない)。しかし、その間にもひっきりなしに客が訪れる。
ファストパスなる制度があり、追加で500円 / 1人を支払えば予約なしでも順番を飛ばして店に入ることができるようだ。前にいた若い女性の二人組などは待ち列の長さに驚愕しその場で購入していた (パス分の料金は現金でのみ対応とのこと)。おれたちはべつに急いでいないので、15:49の枠に名前を書き込んで撤収。
またしても暇になってしまったので、駅に戻る。
同行の友人が行ってみたいと言うので、マルイの1階にある「キャンディーアップル 吉祥寺丸井店」に入った。名前の通り、ここは珍しい林檎飴の専門店だ。
横浜に住んでいた頃にも横浜駅の西口近くに店舗があったのを見掛けてはいたが、実際に食べるのは初めて。テイクアウトもできるらしい。店の規模は小さくイートインは2席のみ。店員の女性もワンオペで大変そうだ。
祭りでよく見る姫リンゴではなく、フルサイズの大きな林檎が1個丸々使われており、抹茶やココアパウダーをまぶしたフレーバータイプもある。
おれは「プレミアムプレーン」という普通の飴掛けのものを選んだ。その場で食べやすいようにカットしてもらえて、680円。友人は紅茶味 (790円) を選んでいた。

ガラスのような赤色が艶々としていて美しい。薄くぱりっとした甘い飴に酸味のきいた瑞々しい林檎。果物とはいえこんなに食えるか? と心配していたが、飽きずにあっさりと完食した。満足感も十分。
さて、そろそろ1軒目のかき氷屋に戻ろう。

入口の可愛らしいディスプレイに期待が膨らむ。店内には沢山の絵本が並んでいて、細かいインテリアにまでこだわっている雰囲気。平日でも行列のできる人気店だというのにも頷ける。

この店の看板メニューは、何といってもこの「焼き氷」だろう。様々なシロップやフルーツを封じ込めた氷をたっぷりのメレンゲで覆い、そこにラム酒を掛け火を点けて焼くというとんでもない代物だ。
おれたちは「Lumiere 特製焼き氷 (1694円)」と「ザ☆ピスタチオの焼き氷 (1859円)」を注文。スマートフォンで卓上のQRコードを読み取って専用のサイトからオーダーする方式だ。
15分ほど待つと、丸く大きな白いふわふわの何かが、3種類の後掛けソースと共に運ばれてきた。
そして、厚手の耐火手袋をした店員がラム酒の入った小鍋を持って…着火!

ぼっ、と青い炎が上がる。想像していた3倍ほど燃えていた。思わず笑ってしまう。ここで掛け流されるラム酒の量も尋常ではなく、バーなどで出てくるグラス2杯分ほどの量だ。それほど揮発するものでもないから、下に敷かれた皿にだぼだぼと酒が溜まっていく。
火が消えてから、薄っすらと狐色に焼けたメレンゲにスプーンを入れる。さくっとした軽い手ごたえ。口に運ぶとラム酒の芳しい香りがした。メレンゲ自体は甘く、燃やされたばかりであるからほんのりと温かい。その下から冷たい氷。クリーミーなピスタチオとアクセントとなるカシスのシロップの組み合わせは繊細なケーキのような味わいだ。おれはレモンタルトやライムパイといったメレンゲ系のスイーツが好物であるから、これはかなり気に入った。
(好奇心に負けて皿に溜まったラム酒も掬って舐めてみたのだが、当然の如く非常に苦く強い酒であって喉が灼けた。メニューには焼き氷以外のかき氷もあるから、アルコールが得意でない人はそちらを選ぶのがいいだろう)
続いて、「氷屋ぴぃす」を再訪問。
入口の前のコルクボードにはメニュー名と値段とが書き込まれたポラロイド写真が張り出されており、着席する前にオーダーする方式らしい。メロンやルバーブといった季節限定のかき氷も並んでいた。
おれは桃とプラムのハーフ&ハーフを注文。2,200円をPayPayで支払う。友人は桃単体のかき氷を頼んでいた。
壁際に並んだ席に通される。店内では (セルフサービスだが) 暖かいお茶が振る舞われており、有難いところ。
程なくして運ばれてきたのは…

こんもりとしていて丸い雪玉のようだ。大きさも子供の頭くらいある。そして果実のシロップの色鮮やかなこと!
氷はざりざりとした粒タイプではなく、薄く平べったく削られているもの。庭に積もった初雪を思い起こさせる柔らかい質感。頂上にはフレッシュな生桃とビビッドなプラムがのせられている。齧ってみると目が覚める酸っぱさ。反面、ソースのほうは甘さがあって食べやすい。
後半にはやや寒くなっていたけれど、熱い茶と共に美味しく完食した。最近は食が細くなっていたが、それでも氷とフルーツで満腹になるのは不思議な感じだった。
たった2時間の間にかき氷屋を2軒ハシゴしてすっかり凍えたおれたちは、この晴れた夏の昼間にがたがたと震えていた。少し外を散歩して温まることにしよう。
吉祥寺に来たからには行くべき場所は一つ、井の頭恩賜公園だ。

天気が良い。それほど混雑していなくて歩きやすかった。

白鳥の影。券売機。
巨大なかき氷を続けて2杯も食べて寒がっているような愚かな大人たちに、このような誘惑に打ち勝つ意思があると思うのか?
というわけで…

スワンボート (800円 / 30分) に乗る。
ペダルを漕いでも意外なほど進まないが、その割にハンドルはよくきく。ちょっと休憩しようものならみるみる風に流されていく。車線というものがないから、対向する船たちとぶつからないように必死だった。時間いっぱいを使って池を大きく回り、転覆しかけたり座礁しかけたりしながらなんとか無事帰還。ライフジャケットもなければ係員も発着場にしかいないし、ここ最近で一番の冷や冷や体験だった。

その後は公園内を巡回。鴨や亀の他に河鵜なんかも泳いでいて、のんびりとした夕方を過ごす。
歩き疲れたおれたちは、公園の入口の近くにあった焼き鳥屋「いせや」へ。
どうやらかなりの人気店らしいが、まだ17:00頃ということもあり空いていた。2階の広い座敷に通される。
品書きを見ると焼き鳥はどれでも1本100円。刺身やご飯ものも魅力的だったけれど、250円のソフトドリンクと400円のミックスやきとり (盛り合わせ4本) を2セット頼む。タレと塩が選べた。友人は塩を、おれは「通ぶりたくない」という訳のわからない理由でタレを選択。

内容は鶏のムネとハツ、皮にブロック状の豚。いずれも炭火でこんがりと焼かれていて非常に美味い。ところが案外ボリュームがあり、おれたちは早々にも随分と満足してしまっていた。もう少し胃にキャパシティがあれば他にも頼みたいものがいくつかあったのだが、無理をして食べることはないだろう、ということで退散を決める。

席料やお通し代などもなく、会計は2人で1,300円。申し訳なさもありつつ、昭和の立ち飲み居酒屋か? と思った。また来たい店だ。
帰り際、せっかく吉祥寺まで来たのだしコーヒーでも飲んでいくか、ということで喫茶店へ。
「COFFEE HALL くぐつ草」
地下にある店内は細長く、適度に暗くひんやりして落ち着く。家具もアンティーク調で、銀色のフレームで縁取られたガラスの砂糖入れも見た目が綺麗だ。木の板と革でできたメニュー表も洒落ている。
価格帯はやや高めだったが、コーヒーの種類は極めて豊富だった。最近眠れないのだという友人はココア (980円) を注文。おれは珍しい品々に心を惹かれながらもカプチーノ (1,000円) を頼む。
すると、店員は「当店のカプチーノは一般的なものとは違い、コーヒーにホイップをのせ、シナモンで香り付けした飲み物になります」と言う。メニューに写真が載っていないのでよくわからないが「わかりました」とおれ。それってウインナーコーヒーなんじゃ? とは思ったけれど口には出さなかった。
基本的にカフェでは冬でもアイスコーヒーしか飲まないのだが、この辺りで習慣を破るのも悪くないかと思って決めたことだ。だから、いっそう予想外で妙なほど面白い。
やがてテーブルに運ばれてきたのは…

…何か刺さっている。茶色く細長い棒状の…? 一瞬だけ煙草かと思って慄いたが、巻かれた紙には "CINNAMON" の文字。シナモンスティックのようだ。
飲んでみると想像していたよりも穏やかなシナモンの風味。コーヒーは熱で溶けたホイップクリームによりほんのりと甘く、良い香りで、何かとても特別な貴族の飲み物かのように感じられた。
対して、友人のココアはかなりどろっとしていてまるでホットショコラのよう。一口貰うと濃厚でビターなカカオの味がした。カップを傾けてもあまり流れてこない。友人は最終的にスプーンで掬って食べていた。
小一時間ほど最近読んだ小説や漫画の話をして、今度こそ解散。
会計をして地上に出ると乾いた涼しい空気。もう夜風が秋のものに変わっていた。
台風と雷の狭間で季節は進み、愚かなるおれたちの前で夏は静かに終わりを告げる。