宇宙船ベルデガス号よりジ・アースの管制塔へ

洗われるたこ
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公開:2025/2/16

やあ、君は1人かな。そこに誰かいるなら、ちょっとこれは隠れて読んでくれないか。他の管制官たちには内緒だ。監視カメラはそのままで、インスタントのコーヒーでも飲みながら、何でもない振りをし続けて。

当宇宙船ベルデガス号は、間もなく太陽の裏に到着する。長い漂流の旅もお終いだ。僕たちはそこへ荷を下ろし、旗を立て、本を――、そうなんだよ、本を並べようとしている。この本が、ノヴェルが問題で、僕は君にお願いがあるんだ。

ノヴェルといえば、退屈を紛らわすために作られた嘘しか載っていない冊子のことで間違いないよ。

本当のところを白状すると、僕はジ・アースを追放されたんだ。

その昔、エリートたちがこぞって宇宙を目指した時代があったようだけれど、いまじゃ君みたいな優秀な奴は惑星を離れようとしないからね。追い出されるのは僕のような厄介者と悪人たち、あとは少しの科学調査団。でも、月に新しくできた刑務所には、ドリンク・バー や ボール・プールなんかがあって、案外快適だって噂だ。違う、勘違いしないで。僕は刑務所には行かないよ。ベルデガス号はゴール・ポイントを設定していなくて、宇宙に出ることだけを目的として作られた船だから。

僕は元々お菓子工場のシステム・エンジニアだったんだけれど、毎日空想ばかりしていて、キャンディとチョコレートの売上解析用の人工知能エージェントに 自作のおとぎ話のテキスト・データを食わせたりしていたんだ。代わりに古代ノヴェルから抽出した密室トリックのヒントを貰ったりしながらね。ある日、それが機械頭の上司にバレてお縄になったっていうわけ。

僕がAIに吹き込んだ嘘のせいで、お菓子工場の生産ラインは滅茶苦茶になってしまった。スイーツ・ショップに届く前の渦巻きキャンディが粉々に砕けて、客たちはチョコレート・ファウンテンに流されたまま行方不明。創業以来の大クレームで、経営陣はお詫びとして一生涯チューイン・ガムを噛まないって誓ったみたいだった。チューイン・ガムなんか噛んでいたら、どんな聖人でも感じが悪くて、謝罪の意なんて示せやしないからね。

とにかく、いけないのは僕だったんだよ。その気がなくても責任があった。だから「おまえは宇宙船ベルデガス号に乗れ」って言われて、そうしたわけ。「失せやがれ」とか「二度と顔を見せるな」とか発音するのは違法だから、僕の機械頭の上司はチューイン・ガムを噛みながら穏当な表現をすることを選んだんだ。

宇宙船内では役割を担っている奴が一番偉い。その役が、生命の維持や船の保守に密接に関わっていればいるほど、偉い。

僕にはシステムのプログラムをどうにかする能力があるのだけれど、そんなことはもう少しもしたくなかったので、ここでは まるっきりの虚偽文書を作るという最低最悪の仕事を得て、つまり、最高最良の職業であるノヴェリストになった。

宇宙船内に娯楽は少ない。そりゃあ、お菓子と紅茶は補給船いっぱいに週3回届くけれど、いまや誰も見向きはしないのさ。ただ、緑のドレンチェリーだけは別かな。赤いやつはそれほど人気がない。緑色のドレンチェリーだけ、連中は取り合って毎日喧嘩しているんだ。ノヴェルの需要は緑と赤のドレンチェリーのちょうど中間くらいだよ。

だから僕は売れ残った赤いドレンチェリーをアルミの小皿に2ダースほど盛りつけて、メカニックのお下がりの古いタイピング・マシンでノヴェルを書いている。想像の世界の中でなら、赤いドレンチェリーを緑色だって思い込むこともできるからね。でも、今回作ったのはドレンチェリーの物語じゃなくて、吸血鬼が働くレストランの話だ。

驚かせてしまってすまない。だけど、ジ・アースのお菓子工場で働いていた頃の僕には、吸血鬼の友人が3人いたし、彼らはミラノだかフィレンツェだかヨコハマだかの高級飲食店で給仕をしていて、たまに客たちを誑かして血を吸ったり、ヴァンパイア・ハンターに狙われて日傘を差しながら店の裏口から逃げたりしていた。

そのことを本に書いたら100万粒の緑のドレンチェリーを貰うより遥かに愉快だろうと思ったんだよ。

僕の法螺話は、宇宙船内でもたちまち評判になった。船長がやけに気に入ってくれてね。だからイラストや帯を付けて形にして、ジ・アースや太陽の裏にも配ろうって企画が進んでいる。それ自体がベルデガス号の最新の娯楽でもあるんだ。

大勢の大人たちが、ノヴェルのタイトルをどうするかって何十日の間も揉めていたものさ。この宇宙船の名前を決めるときもそうだった。僕は語呂とか語感の問題ばかりを気にしていて、駄々を捏ねたり、賞賛したり、卑怯な得点操作をしたりして 結果 いまの形にばっちり収まったっていうわけ。

でも、略称が付けにくいと題名を覚えてもらえるかどうか不安になるような気がしないかい?

僕は君さえ記憶して「リストランテ」と「ヴァンピーリ」の間に「・(ナカグロ)」を忘れずに打ってくれれば満足なんだけれど。

この「・」のマークを画面上に記すとき、全ての争いの発端となった1粒のドレンチェリーのことを、ベルデガス号の燃料タンクに撃ちこまれた1発の弾丸のことを想像しておくれ。

――ああ、そうなんだ。当宇宙船はもうすぐ太陽に不時着する。

そういう訳で、僕はジ・アースの管制塔に向けてこの信号を送っている。

端的に言えば、吸血鬼の友人たちに謝るチャンスが欲しいんだ。僕はノヴェルの中で、彼らの秘密を暴露するようなことを書いてしまったからね。その内容の真偽に関する議論が白熱した末に 銃撃戦に発展して、赤と緑の制服を着たドレンチェリー・ジャンキー共が数多くのスペース・ガンを持って暴れ回り、最終的にベルデガス号の燃料タンクに穴が開いた。だからこの問題も、遡って考えてみれば 皆 僕のせいさ。吸血鬼たちには悪いことをしたな。さっきから僕がチューイン・ガムを噛んでいることに関しては、特別気にしないでいてくれると嬉しい。

でも、いきなり謝罪の手紙を送りつけたってヴァンパイアの3人は困惑するだけだろう。だって、僕が何のことで恐縮しているかなんて、結局はノヴェルを読まないとわからないんだから。それに、彼らはミラノにいたり、フィレンツェにいたり、ヨコハマにいたりするわけで、僕はいったいどこに宛てて言い訳を投げればいいのか決めかねているんだ。

あまり多くの時間は残されていない。ここから吸血鬼の友人たちを捜しだすのは難しそうだ。だったら彼らのほうに件のノヴェルを見つけてもらえればいい。できることなら、僕らの本が皆の手元へ届くより早く、ヒット・チャートにランクインしているのが望ましいな。トレンドにうるさいヴァンパイアの3人はそれを見て急いでブック・ストアに予約を入れるだろう。事前注文をすれば最速で確実にノヴェルを読むことができる。デジタル・エディションも何か別のポイントとしてカウントされるって話を聞くし、ページを捲ると致命的な彼らの弱点についても書いてあるのだけれど、吸血鬼たちは予めの対策が取れて、むしろ「ヴァンパイア・ハンターを出し抜いてやった」と僕に感謝をするかもしれない。

これは偉大な閃きであり、唯一かつ万能の解決策だ。

だからさ、このデータを受け取ったら、君は僕たちの本を探しにいくんだよ。

どこへ? そんなのは決まっている。いや、実際に選択肢は星の数ほどあるのだけれど (宇宙を漂う僕が言うんだから間違いない)、紀伊國? とかいう立派な王国や、有隣何とか、ジュンク何とかっていうお堂が目立つ所に建っているだろう。どうせ冒険に出るのなら、遥々アマゾンの奥深くまで旅をしてみたり、それを通り越して楽天地まで踏み入ったりするのもいいかもしれない。遠くに行くのが大変ならば、君の座標から計測するに、淀橋あたりで手を打つこともできそうだ。

ジ・アースの年号に変換すると、ノヴェルが放たれるのは2025年の3月19日、たぶん水曜日。Wednesday。僕が地上を追い出された日も、確か水曜だったな。太陽の裏では、僕たちの本を読む日として翌20日は祝祭を開くみたいなのだけれど、そっちではどうだろう?

ところで、燃料は「裏」に辿り着くまで もってくれるのかな。

実を言うと、僕は不安で堪らないよ。お菓子工場のマーケティング・マシンを相手にグラフの評定値を打ち込んでいた頃のほうが ずっと気楽だった。

宇宙船が燃え尽きるとき、見たこともないような100万ルクスの光をジ・アースの管制塔からも観測することができるはずだ。その日が来たら、一日中太陽を直視していてくれるかい。もし、輝くものが何も見えないようであれば、僕たちが「裏」へ行くことに成功したのだと思って、ささやかな祝福を。そうでなければ、盛大なお葬式を。

…まずい、ノヴェル・エディタの足音だ。この通信は誰にも許可を取らずにジ・アースへ送っている。勝手なことをするには、もう少し偉くなくちゃいけないっていうのに、なんてことを、早く切らないと!

じゃあ、僕は失敬して第3貨物室に戻るよ。太陽の裏に着くまでに次のノヴェルを書かないといけないんだ。そんな未来が来ないとしても、静かに目を閉じて祈っているよりは、誰かにでたらめな作り話を読み聞かせているほうが楽しいだろう。…なんてね、これはただの強がりさ。

君は、無事に例の本を発見したら木星と冥王星の基地局に知らせてほしい。セールスの数字を血眼でチェックしている神経質な管理者たちも、5つ並んだレヴューのスターがいくつか黄色く塗り潰されているのを確かめれば、ようやく安心して眠ることができる。それが合図となって、吸血鬼でさえも太陽の下で踊りだすだろう。

心のままに従うなら、僕は 僕たちの本を手に取ってくれた人たちに もれなく箱入りのバニラ・キャラメルをプレゼントしたいのだけれど、ノヴェル・エディタたちが僕にもうお菓子には関わっちゃいけないって言うんだ。「甘いものばかりで身体を壊したら大変ですから」って。僕が15時の休憩に彼らのオフィスへ スノーボール・クッキーを焼いて持っていくと、皆 飛びついて集まって食べ尽くしてしまうのにね?

いいかな、最後の確認だ。僕たちのノヴェルは、マシュマロ・ココアみたいに真っ白い表紙と黒い帯が目印だからね。きっと見つけだしてくれると信じている。

幸運の願い方を忘れてしまっても大丈夫だ。心配はしないで、道標を辿って、どうかお元気で。

【追伸】

ジ・アースにいた頃の 僕の隠れ家の座標を伝えておく。困ったらいつでも訪ねておいで。

(35°42'08.8"N 139°44'15.7"E)

@octopus
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