おれとあなたの話をする。
あるいは、あなたへの手紙として受け取ってもらっても構わない。
おれはミステリー作家を志す者であり、2人のブロガー (アフィリエイトやメンバーシップ会費収入はあろうが、専業ではない) の記事を購読していて、彼らに憧れを抱いている。詳らかに明かすつもりはないけれど、どちらも10年以上前から記事を残し続けているベテランのブロガーだ。
いまおれがオンラインで日記を書いてみようとしているのは、そういう訳だと思ってほしい。
いつか振り返って読むためには、今夜、文章を書き記さなければならない。
あなたはどうしてこれを読んでくれているのだろうか。
BlueSkyから見つけてきたのなら、おれのフォロワー数が全く多くはないということも知っているはずだ。
おれはSNSで仕事の話をしている。ぬいぐるみや食べ物や観光地の話もする。取り留めなく、小説の話だって。
そうしていると、たまにリプライで声を掛けてもらえることがある。
こちらからも話し掛けたいことだってかなりあるのだが、おれは内向的で、神経質で、あまり気の利いた性格をしていない自覚があるから、躊躇っている。
どうすればもっと軽薄かつ親切でいられるだろうか。
皆と仲良くしたいとこんなにも願っているのに。
BlueSkyといえば、数ヵ月前にアカウントを作成したのだが、おれが学生の頃から密かにTwitterを見ていたうちの何人かからもフォローされた。ちょっと浮かれてもいる。ロックスターと目が合ったような気分だ。
その人たちのフォロワー数がどうだとか、インフルエンサー的な何者であるからだとか、そういうことはどうでもよくて、ただ、好きな文章を書く人たちがおれのことを見てくれていることが嬉しい。わかるだろうか?
冬の終わりには、文学新人賞に投稿するための原稿下読みをBlueSkyで募集し、沢山の人から素晴らしい感想と助言を貰えた。この上なく有難いことだと思う。
読めるだけの文章かも確かでない、見ず知らずの人間が書いた長編の物語に興味を持って時間を費やしてくれる人の存在に、いったいどれだけ励まされたことか。
手放しの絶賛も厳しい批判もあった。当然の疑問も、指摘も、激励もあった。掛けられた言葉は一つ残らず真摯で温かく、なんとか死なずに頑張ってきただけの値打ちがあったと思えた。「夢中になって夜更かししてしまった」「次回作も読ませて」と言ってもらえた。
おれは自分の小説に向けられた全てのコメントを印刷して、いまも大切にしている。
その事実だけで満足すべきなのだろうが、おれは商業の世界で本を書き、生活を成り立たせることを目標としている。
道は遠く、一月先に自分がどうしているかも想像できない。
おれの首に住まう癌細胞のほうが、まだはっきりとした輪郭を持っている。
おれの本業はシステムエンジニアだ。
なぜそうなったのかは忘れてしまった。やりたいこととできることは必ずしも一致しない。
それでもあなたは違うのだろう。
おれは「金など要らない」と言いながら経済的に困窮することを恐れている。
あなたは相当な努力の末に望んだ職に就いた。
おれはあなたの暮らしを眩しく思う。
あなたは働き、休み、有意義な時を過ごし、その一端をSNS投稿する。
おれは毎日が不満で不安で仕方がない。
気付けば、仕事に文句を言っているのはおれだけになっていた。
誰にも、会社に行くのが嫌で泣きながら明日の服を選ぶ日があるだろうか。
オフィスの不味いコーヒーでジェネリックの安定剤を飲み下したり、ラップトップとキーボードを真っ二つに叩き割り、会議室をいますぐに飛び出して帰りたいと動悸がしたりすることは?
教えてほしい。あなたはどうやって満足のいく仕事にありついたのか。それとも実際は、あなたも納得や充実なんてしていないのか。
本当に少しもわからない。
かつて、おれは自分の小説の中でこのように書いた。
そうだ。何の才能も加護もないのなら引き返せばいいと思う。けれど、そこで引き返すから何の才能も加護も得られないままなのだ
己の欲望のためにあらゆるものを踏みつけにしてきた結婚詐欺師の男の台詞だ。
彼は完璧な美貌と巧みな話術を武器に、他人の財産や関心を奪って好き放題に暴れまわり、作中で最も多くのものを手に入れながら、最後にたった一つの恋に破れることになる。
そのような結末と、反対に、愛する人の心を射止めて他の全てを失うのと、どちらがより悲劇的でロマンティックだっただろうか。
家族や友人恋人に見放され、職と家を失い、心身の健康も損ない、金を使い果たして社会から追放されても、正しいと信じるならそのまま道を突っ切ればいい
方々から恨みを買い、違法薬物や美容整形に溺れ、男は破滅する。
破滅してもまだ笑っている。
何一つ譲らず、平然と嘘を吐き、全員を欺いて一切を掻っ攫う。
おれはわりと、この展開のことが気に入っている。もう冷笑や説教や固有名詞を羅列しただけの「現実あるある」にはうんざりだ。魂を込めた理論や主張こそを読みたいし、書きたい。
何のために本を開き、ページを捲るのか。
そしてこの先おれはどうすればいいのか。
他の誰でもなく、あなたの意見を聞きたいと思っている。
気が向いたら感想レターを送ってほしい。他の方法でもいい。どちらにせよ、送られたものは必ず読むことを約束する。
これはおれとあなたの話だ。
あるいは、あなたへの手紙として受け取ってもらっても構わない。