この五月、なんかすごく長かった気がする。もう五月頭のことを思い出せない。と思って振り返ってみれば潮干狩りに行って連休中は砂抜き三昧になっていたりBOOTH開いて作った本を梱包して送るという経験にドキドキしたりしていた。そういえばそうであったと一度思い出してしまえば確かについこの間のことなのに、なんかもうだいぶ前って感じがする。それくらいこの五月はけっこういろいろなことがあって塞ぎ込むことも多かったから、どんよりしたものに覆われて、今いるところ以外が見えにくくなっているのかもしれない。
にんたまのほわぬいというものがはちゃめちゃに可愛くて、でもハマって気づいたときには正しく迎えられる機会はもうなくて、また再販してくれないかな…と淡く願っていたらなんとその機会が巡ってきた。やったー!うれしい!だけどクレーンゲーム…全く取れる気がしないしそんなにお金を注ぎ込むこともできないからやっても悲しい結末が待ってるだけかも…と一瞬尻込みしかけたのだけど、なんとか思いとどまって、この度オンクレの扉を開いたのだった。
そして当日。夜0時に開始とあったので待機していたら、どうやら謎のメンテナンスが行われているようで出だしから心がざわついてしまう。いつメンテが終わるのかもわからないままにやっぱりもういいんじゃないかな諦めて寝よう、とかすぐに考えてしまったけれど、どうにかこうにか寝ないで待っていたら30分後には開始になったので諦めなくてよかったと思った。
入室してまず焦ったのは、これ間違った部屋に入っちゃったのかな!?ということだった。オンクレって実際の景品を前に頑張るんじゃなくて景品と書かれたカプセルを取るものなんだね…知らなかったよー。そして順番を待ちながら前の人のプレイを無の気持ちで眺めていたのだけど、そのアームのホールド力、どうやったって取れなくないか!?というところでまたも心を乱してしまい、丸いカプセル相手にどう工夫してもあのホールド力では目的地まで運ぶことは不可能では!?となる。まだ始まってもいないのに無理だ…自分には取れない…という気持ちでいっぱいになり、順番も8番目くらいだったから一人30分かかるとしたらと計算しだしていったいいつまで起きてることになるの!?と白目になって、またしても諦めようかなの気持ちが到来したけれどお金をもう入れてるから後には引けず、余計なことは考えないで無の気持ちを取り戻すことに専念しつつその場に留まっていたら、なんと!アームのホールド力がどう考えてもさっきとは違いますよね!?という光景が目の前に!カプセルが落ちることなく安定感すらありながら運ばれていく。そうして次の人のプレイも見ていたら同様にこんなの絶対無理展開からのガシッ(ホールド!)が訪れて入手に至る光景が繰り広げられ、なんだこれはもしかして取るための工夫とかいらないのか…に気づいて、ようやく希望の光が見えたのだった。しかも5分くらいで次の人へと移っていくので(準備の時間はあるが)、荒ぶっていた心は凪いでいった。
とはいえ何回で取れるのかなと数えたりしてたんだけど結構まちまちであって、だから絶対にこの回数いけば取れるものでもないのかな…という気持ちは残り続け、他の人のプレイをハラハラしながら見守り入手できたとなれば一緒になって喜んだりしていた。あと、次の人の番になってもクレーンが動かないからもしかして寝ちゃって気づいてないのでは!?と心配になったりしてたんだけど、なんてことない自分の通信環境が不安定になって画面が反映されてないだけだった。リロードしたらもうすでにプレイは開始されててホッとしつつも、このまま人の心配しながらノホホンと待ってたら自分の順番に気づけなかったな…とヒヤヒヤした。で、ようやく自分の順番が回ってきて、今まで見てきたように位置を合わせアームを下ろしてを何回か繰り返していたらちゃんと無事お迎えするに至ることができたので、とりあえずめでたしめでたしとなったのだった。
これはあとから知ったことだけど、アームの種類はいくつかあってカプセルじゃないパターンもあったり台によってもお店によっても違うんだね。別のタイプだったら取れてなかったかも…そもそも人が多くて入室できない場合もあるようで、じゃあ店頭で、と思ってもそれはそれで運にもよるだろうし至難の業だよと思ったりして、せっかく開いた扉だけれど、もう…オンクレはいいかな…と思うのであった。なんか、すごい疲れた…。よく言われてることだと思うけど、こういうのをクレーンゲームにする意味ほんとわからないよなあ。受注生産にしてほしい人にちゃんと行き渡るようにしてほしいものだ。
と、なんかすごいオンクレだけで盛り上がってしまったんだけど、ひつじ探偵団のことも書いておきたくて、気持ちを切り替えて書こう!
そう、それでひつじ探偵団。なんだけど、ほんとびっくりするくらい泣いてしまって、持ってたポケットティッシュを空にしてしまうくらい泣いてこれ以上泣いたら涙も鼻水も何で受け止めたらいいんだ…という状態になり大変だった。泣くような内容だったのだろうか。何箇所かそういう場面はあったので泣く人は泣くだろう。でもこれは泣きすぎでは?と自分で自分にびっくりしてしまって観客が3人しかいなくてほんとよかった。田舎の映画館だから平日昼間に観に行くとだいたい両手に収まるほどの人数しかいない。そんなガラ空きであってもわたしは一番後ろの席で観るのが好きなのでいつも先客がいない限りはそうしてて、おかげで周りには誰もいなかったからずびずび泣きながらもスクリーンに集中することができて助かった。
ここからは感想になるけれど…冬生まれだからってあんな目に遭ってるのそんな理不尽なことってある!?と思いながらも人間社会のいたるところにそれはあり、その平然と日常に溶け込んでる冬生まれのようなものをじんわりと突きつけられて、最後に冬生まれちゃんがみんなたちと混ざってぴょんぴょん跳ねる姿によかったねとわたしはまた涙を流すんだけど、ずっとそっち側にいけなかった苦しみを今一瞬で飛び越えることができたのにどうして今までそうはならなかったのかというそのスイッチのようなものは人(羊)の心にあって、そのスイッチひとつで自分も含め人(羊)の人生を変えてしまうそういうものを誰しもが持っているんだなあ、としみじみ思った。それは差別や偏見を生み出しもするし慣れ親しんだ草地から道路に一歩踏み出す勇気にもなって、心地よくないものを忘れるか覚えておくかの境目でぐらぐら揺れたりもする。なんかそういう境界線のようなものをすごく感じた。それを飛び越えていこうとするもののことを考えている。
こんな感じで五月が終わろうとしており、来月は忙しくなることがわかっているので憂鬱だ。始まってしまえばすぐ身体は慣れていくのだろうけど、夏に向かう暑さもきっと拍車をかけてくるのだろうな。たのしいことを考えていきたい。夏の計画も立てたいなー。