今日、松本紹圭さんというお坊さんのお話を聞いて、かなり面白かったので自分なりの解釈を書いていく
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私たちは刻々と変化する大海の中でサーフィンをしている。
エゴとはサーフボードのようなものである
サーフボードが大きくなれば、想定した方向から来た大きな波を乗り越えることができるが、想定しない方向から来る波にはめっぽう弱くなりさざなみで転覆する。
サーフボードが小さくなれば、あらゆる方向の波に対応できるが、大きな波を気持ちよく乗り越えることができない。
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(思い出しで書いているので若干間違っている可能性有)
ブッダの筏のたとえ話を現代のAIによって加速して変わり続ける世界に適用したような話だった。
解釈
特定のサーフボード(エゴ)への執着が大きくなればなるほど、それを覆す変化が起きた時に対応できず、波が変わったとしてもそれを手放すことができなくなってしまう。
例
プログラマとして生きてきて、AIに役割が代替されることを受け入れられない人
AI前提の組織構造でゲームチェンジが起きうるのに、特定の肩書きや権力を獲得・維持するために必死になる人
仏教では”無我”が良いみたいな話をされるが、無我を「ボードを小さくすること」と捉えても「転覆しない」というだけで「楽しく波に乗れる」というわけではない。
どちらかというと、
転覆しても次のボードに切り替えちゃお
たくさんボードを作ってみよ
転覆しちゃった〜( ✌︎'ω')✌︎テヘペロ
みたいな特定の自分への執着を捨てる思想の方が大事であり、苦を減らすことだけに拘らず、ボードを大きくして大きな波を楽しむことも受け入れる考えなのが良かった。
じゃあどうやって波乗りするん?
執着を捨てて死ぬまで楽しく波に乗り続けるためには、自分を変え続けなければならないと思っていて、自分を変え続ける・更新し続ける手段として「読書」を僕は選んでいる。
↓共感している一節

SFも推理小説も技術書も歴史物も新書も仏教書も漫画もエッセイも読む。
ジャケ買いみたいな雑な買い方をしてみたり、古書展に行ってみたり
京都だと`京都岡崎 蔦屋書店`, `恵文社 一乗寺店`あたりのおしゃれ本屋で本大好き店員さんの作ったお薦め棚から適当に買ったりしてみている。
”今の業務につながる”技術書やビジネス書だけ読んで、今の波に合わせたボードを育てるのもいいけども
仏教的には、いろんな価値観をインプットして特定の自分に執着しない生き方が推奨されると思っているので