ココ(静インター)にモノを書くようになって一週間、お試しということでTwitter(現X)にも記事を流してきたが、各方面からそろそろ怒られそうなのであっち(X)のほうは以前のようなスタイルに戻していきたい。
よほどのことがあれば転載するかもしれないが(そもそもそんなに訴えたいことがあるなら転載とかまどろっこしいことはしなくてもいいだろうと思う)、今後はひっそりとチラ裏をやっていこうと思う。こんな益のない語りでもなにか興味を持っていただける方は新着おしらせ登録もできるようなので、下段↓のほうからどうぞ。
牧師の沼田和也さんが自身のことを「キモいおっさん」と称していたが、はるぱうすの中の人も本質的には「ゲスいおっさん」である。ただ沼田先生は、キモいことは仕方ないけど、キモいということを自覚してふるまうことが人間として大事なのだというようなことを発言されていた。
ギャンブルをやったときやアルコールを飲んだときにその人の本性が現れる、とはよく言われることだが、そういうときに現れるのは「その人」の本質ではなく、誰しもが備えている動物的な欲求にすぎない。人間に限っていえばその「本質」とは、その人が(動物の生のレベルを超えて)どう「人生」を生きようとするかであろうと思う。
自分も家人やごく親しい友人の前ではゲスい話もする。感情が高ぶればモノに当たってしまうことさえある。でもそこで相手を実際にブン殴らないために、何が普段できるのかという話なのだ。このチラ裏だって、こうして書く前にアタマの中でもやもやと浮かんでいるもの(の一部)は、誰かに対する不満や罵詈雑言だったりもする。チラ裏作成とは、その感情をいったん冷ましておいて(その感情は事実として受け止めながら)、どうしたらこの感情と世界とが仲直りできるのか、ということの試行として、外ヅラの文章に直していく作業なのだと思う。