某食堂チェーンの餃子定食が値上がりしたというネットニュースを読んだ。今から20年ほど前まで東京に住んでいたので何度か食べたことがあるが、当時500円ほどだったのが今現在は740円になっているという。20年もたてばそんなものかとも思うが、では10年くらい前はどうかと考えると、自民党が政権復帰するまでは延々とデフレ基調が続いていたのでそれほどの変化はなかったように思う。
近隣のSCフードコートに讃岐うどんのチェーン店があり、よく昼食に利用している。通い始めたのはやはり10年ほど前からだったと思う。自営でやっている工場の昼休みに母親と伴だってそこに出かけていくのだが、当時はかけうどんの値段が一杯100円だったと記憶している。二人でかけうどん二杯と天ぷら二個を頼んでだいたい400円ちょい。讃岐うどん万歳、まさに庶民の味方である。
しかしデフレ脱却のために様々な政策が実行されると、その結果、かけうどんの値段は年を追うごとに上昇を続けて、新型コロナ流行の直前にはついに一杯240円にまで跳ね上がった。昨年はウクライナ情勢の煽りを受けて資源価格が高騰し、さらに50円上がって290円に。そして先日また、カウンターで店長から「すいません、今日から値上がりなんですよ」と…。その値段はなんと330円。ついに10年前の三倍を超えてしまった。もう天ぷらを載せるどころではない。それなら「W餃子セット」を二人で分けたほうがよほど満足度が高いだろう(ルール違反だけど)。まあそもそも当地には餃子のM州()は存在しないのだが。
小麦粉や食用油をはじめとする原材料費や光熱費の高騰もさることながら、やはり人件費の急激な上昇が影響しているのだろう。自営の食堂なら経営者と家族で回しているところも多いが、チェーンの飲食業は基本的にアルバイトの労力に頼る部分が大きいので、こういう場合に影響をもろに受ける。
それでも社会全体の賃金が上がっているのなら、物価の上昇とある程度はつり合いがとれるだろうとは思うが、現実はそうならないというのは、うどん屋に限らず他の業種を見てもよくわかる。上がっているのは上場企業の株価だけなのではないかとさえ思ってしまう。
通い始めた10年前、繁忙時のうどん店には3~4人のスタッフが常駐しており、トレイを持って並ぶ客を次々に捌いていた。天ぷらを揚げるフライヤーは常に動き、ほぼ茹でたて&締めたてのうどんが客に提供されていた。
しかしうどん価格(と最低賃金価格の)急激な上昇とともに、客数は徐々に減っていき、それに伴ってスタッフの数も減っていった。裏方、温め、トッピング、会計の常時4人態勢から裏方がいなくなって3人態勢へ、そして商品提供と会計兼任の2人体制になり、そして先日、とうとう店長以外のスタッフが消え去った(店長は本社から出向している社員と思われる)。
パンデミックを経過した現在、以前のように客が並ぶわけではないとはいえ、年中無休の店をワンオペで回すのはさすがにどう考えても無理だろう。最初のうちは特に忙しそうな日(テナントで入っているSCの特売日など)に本部から応援の人が入っていたようだが、地方の一店舗に(おそらくエリア外から)何度も応援を派遣するわけにいかないようで、ついにはときどき「臨時休業」の張り紙が出るに至った。
そういう賃金体系でしか成り立たない業種だったのだから、このような経緯をたどるのは必然であり、もしこのまま閉店となっても仕方ないのだ…と考える方も、もちろん少なくはないだろう。だが、シフトの減少とともに辞めざるを得なかったスタッフさんたちが、(彼らが望むような)次の仕事を見つけられたのだろうかと思うと、果たしてどうなのかなあ、と考えてしまう。
隣のテーブルでは、常連客と思われるグループがうどんをすすっていた。着ているものからすると近所の工場のスタッフたちだろう。聞くともなく聞こえてくる会話に耳を傾ける。
「うどんセットに天ぷらひとつで〇〇円かあ…、そんなら俺、ラーメンのほうがいいわー」
こんな田舎ですら、何かしらをあしらったラーメン(チャーシュー麺とか)の価格帯もすでに千円近くになっている。もしフードコートに餃子のM州があれば件の労働者たちもそちらのほうに向かうだろうなあと思う。しかし、何年後かにはおそらくそういった店も存在できなくなってしまうのではないだろうか。ファストフードでの軽食に千円以上も(あるいはそれ以上)支払う時代がもうすぐ来ようとしているが、そこにはほとんど人の手が加わっていないだろうことも予想がつく。地方のチェーン店では、セントラルキッチンから送られた冷凍食品を、自動調理とセルフレジによって提供するスタイルがメインとなるだろう。そういう時代が到来したとき、かつてその現場で働いていたすべてのスタッフが、時給二千円で他の職につけているだろうか。