うちには桜の木で作られた茶筒がある。これには残念ながら嫌な記憶がのっかっている。
今から二十数年前に私と夫は結婚した。結婚式は挙げないけれど親族には挨拶しておくべきだろうということで、双方の親と、ごくごく近しい身内を招いて食事会をすることになった。
食事会当日。どのタイミングだったかはもう記憶がないんだけど、夫の両親が急に何やら贈答品らしきものを親族たちに配り始めた。
それが茶筒だった。
夫の両親としては、私たちが引き出物的なものを用意していないことを心配し、気を利かせて手配したんだと思う。ただ、私たちとしてはそういう大袈裟なことをしたくないからこそ挙式などを行わずささやかな食事会にしたわけで。思えばそのことにも納得していなかったのかもしれないけど。
何が腹立つって、まず事前に私たちに一言の相談も声掛けもなかったこと。
そして、明らかに彼らが用意したとわかるような言動でみんなに茶筒を配っていたこと。これがねぇ、もう「この子たち気が回らないから代わりに私たちが気を利かせて立ち回ったんですよ」と言わんばかりのふるまいだったんよ。
うちの母も、もちろんこんな品物が用意されているとはまったく知らず。それって失礼じゃない? 両方の親のうち片方の親だけで引き出物みたいな代物を勝手に用意していそいそ配ってさ。母もさすがに気分を害していた。
結局、自分たちのための場だという考えがあったからそういう行動に出たんだろう。だから自分たちの面子をつぶさないようきちんとした品を用意する必要があったし、私たちに事前に伝える必要はなかったんだろう。
そして、結婚により私が夫の家の人間になったと勘違いもしていたんだろう。だからうちの母に何の相談も断りもなくそんなもんを用意して配るなんていう不躾なことができたんである。
といういきさつがあったため、その茶筒は捨てはしないけどずーっと食器棚の奥に押し込まれたままだった。
けれど最近、落ち着いてお茶を淹れて飲む、なんてことをやってみようかなと思いはじめ、その際茶葉を入れるのにちょうどよい入れ物としてこの忌々しい茶筒が目に留まったわけです。
あの時は私たちも気が利かず、招いた方へ感謝の品を用意していなかったのは悪かったなと反省……は一切していない。坊主は憎いが袈裟までは憎むまいかと思い直しかけているだけである。そういう品を用意した方が良かったのかもしれないけど、夫の両親のやり方は受け入れがたい。
今日、茶筒に茶葉を入れてみた。そしてその茶葉でお茶を淹れて飲みながらこれを書いているけれど、当時の怒りが驚くほどフレッシュに蘇っている。
この茶筒を今後使い続けるかどうかはまだわからない。