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聖夜の礼拝堂

穏楽亭(おんがくてい)
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公開:2026/10/6

 他愛のない会話をするためだけでも、会っておけばよかったと思うことがある。

 通っていた学校はミッション系で、ブラザーと呼ばれる修道士たちが運営していた。ブラザーたちは校内の小ぢんまりとした住居に住み、その住居の端には小さな礼拝堂があった。クリスマス・イブにはその礼拝堂に近隣の信者が集まってミサをした。ブラザーに声をかけられ、五年にわたりイブのミサで聖歌のオルガン伴奏をしていた。

 信者ではないので、最初は礼拝堂の中も、式次第も、何もかもが珍しかった。ときどき交わされる司祭と信者の応答が興味深く、しかし結局その仕組みは覚えられなかった。

 聖歌の伴奏は楽譜もあり難しいものではなかったので、ぶっつけ本番で十分だった。けれど、ミサの途中でブラザーのひとりによる独唱の時間があり、そのリハーサルは必須だった。なにしろ、楽譜どおりには歌わないのである。

 そのブラザーはカナダ人で、学校では英語を教えていた。音楽好きらしく、英語のポップソングの歌詞をプリントで配って、生徒たちに歌わせていたほどだ。彼はなかなかの独唱者で、伸ばすところは気持ちよさそうに長々と伸ばして歌うかと思えば、休符を飛ばしたりする。そのたびに、臨機応変に小節を伸ばしたり縮めたりしながら伴奏する羽目になる。自分にとって『O Holy Night』は変拍子の前衛的な聖歌として記憶に残っている。

 彼は日本語をほとんど話せず、自分は英語がまったく話せなかったから、リハーサル中も言葉を交わしようがなかった。音楽を通して語り合ったと言えば美しいが、実際は心の中で苦笑いしながらジャム・セッションをしていたようなものだった。今なら多少の英語は話せるようになったので、あのときは合わせるのに夢中でしたよ、などと笑って言えただろう。

 彼が乗る旅客機が攻撃を受け墜落したと聞いたのは、卒業してほどなくのことだった。

(2025年12月23日 note)