──ある日学校で目が覚めた。
どうやら私はうたた寝をしていたらしい。妙に肌を焦がしていく西陽の暑さと、学生たちの賑やかな話し声が、今の状況と伝えている。
さてここの私は何をしている人間なのかなと情報収集として席を立つと、先程までの賑やかな学校に不釣り合いな悲鳴が響き、私は軽く跳ね上がった。その声につられてか楽しそうな声は消えて、ざわざわとし始めた低い声たちは不穏な空気を作り出した。生徒たちが一つの方角に向かっていくので、私も後を追うように教室を出て向かっていく。
後を追うと、現場へ向かう人の波と現場を見終わって帰る人の波がうねって一種の海流のようになり、私は流されるように現場へと流されていく。時々肩がぶつかったり、反対側に押されたりしながらもなんとか進むと、今度は押し出されるようにしてある空間……現場に転げ出す。いててと思いながら立とうとすると、ぴしゃりと足と手に液体が着いた。スカートと靴下に徐々に染み込んでいくその感覚は実に不快。そう思いながらも、ふとある事に気がついた。
血の匂いがする。
慌てて顔を上げると、そこでとある男女が向かい合って……男子生徒が女子生徒の腹から胸にかけて思いっきり何かを刺しこんでいた。私が踏んだ血はどうやら彼女のものらしい。そこから時が止まっているのか、何も動きがないので私は周りを見回す。すると先程まで人の波が出来ていたというのに、いつの間にか人っ子一人もいなくなっていた。そして振り返ると女子生徒を刺した男子生徒もいつの間にか消えて、そこには私と女子生徒の遺体だけがあった。
──いつの間にか時が経っていた。
学校は何故か通常通りになっており、今日も教室は賑やかだ。しかし、明らかに事件の前とは違うことがあった。
しょうもない芸能人の噂などをしていた生徒たちは、とある男子生徒の噂をしていたのだ。
「……するとー君に殺されちゃうよ」
上手く聞き取れた試しがないが、どうやらある事をしてしまった人が彼に殺されるそうだ。
そして肝心のその本人だが……今は教室で平然と読書をしている。そう、事件の後に知ったのだが彼はどうやら同じクラスらしい。ついでに言うと、あの日から今日までの間にそのある事をした生徒数十名が彼に殺されてしまった。彼は普通にある学校のルール通り凶器なんて一つも持ち歩いていないが、遺体はいつも胃のあたりから胸元にかけて深く刃物を刺したかのような傷跡だ。周りは彼を「人じゃない」という。しかし私的には彼も人だと思う、私は何も見えてないが。
事件は起きるが、皆「仕方ないよね」で事件は終わり、いつの間にか日常茶飯事になっていた。私もいつの間にか部活の先輩が殺されたり、隣で友人と過ごしていたかと思えば突然血の雨に見舞われたり。周りと同様に私にもその光景は日常となっていた。
ふと、彼は辛くないのだろうかと思うようになった。彼が何故このような行動をするのかは全く知らないが、少なくとも愉快犯とかで殺しをしているわけではなさそうだからだ。そんなことをぼやぼやと考えながら過ごしていると、今日も一人、また一人と人が減っていく。しかし不思議なことに、学校の人が減ったような感覚は全くない。それとも単に私が人数を気にしていないから減ってないように感じるだけなのか?
今日も非日常な日常を送ろうと学校の庭で立ち上がろうとした時、さっくりと私の体の中で何かが突き刺さった。軽く自身が持ち上がったかと思うと、腹部から胸部にかけて思考を食い破るような痛みの信号と熱が私を襲った。簡単に言うと私は刺されたのである。目の前を見ると彼が他の人にしたのと同じように、包丁にしては大きく、武器にしては小さい刃物を私を突き上げるような形で刺していた。何とも言えない大きさのそれは、私を貫通することなく内部で殆ど止まったまま、しかししっかりと時間の進みが感じられる程の遅さでくい込んでいる。その刃物をよくよく見れば、彼の触手のようなものに付いていて、彼の一部だということがわかる。世間一般的にいえば『彼は人ではなかった』ということが今分かったわけだ。
そうやって現状を見ながらも「ついに私もやってしまったか」なんて軽い感想を脳裏に浮かべる。こんな重症なのだから恐らく数分もせずに意識がなくなって死ぬことが分かってなのか、それとも脳が現在の状況に追いついてないのかそんなことしか浮かばない。
そして不思議なことに私はそんな無惨な現状を見ながらも、想像していたより痛くない痛みと、辛そうに涙を零しながら私を殺している彼を見て
「彼はやっぱり人に違いない」
……と、世間と真逆の意見を見出すのであった。
──
朝。
温かな羽毛布団の優しさと顔を突き刺すような冬の冷たさ、もうすぐアラームを鳴らすぞと忙しなく秒針を動かす目覚まし時計の音で目が覚めた。いつもの朝だ。
しかし、その日はいつもとは少し違った。
腹部から胸部の辺りがやんわりと痛く、少し内側が熱を出している感覚がする。いわゆる『幻覚痛』的なやつだ。この痛みから朧気にだが夢の内容を思い出す。昔にも一度こんな感じで自分が刺されて朝に酷い幻覚痛に襲われたこともあったが、今回はあの日と比べて明らかに痛くなく、何となくだがその痛みに『優しさ』を感じた。もしかしたら夢の彼は手加減をしていたのかもしれない。
この夢が何を指すかはわからないが、私は夢の内容と痛みと……彼の優しさをこうして綴ることにした。