聞いているのはMrs.GREEN APPLE
近ごろ、気づいたら「ダンスホール」をパワープレイしている。普段使いのブラウザに、そのMVページがブックマークしてあるのだ。つまり、私はMrs.GREEN APPLEに一銭も払っていない。なんか悪いな。中々にね、良い歌だと思うので、お金のある人は「ダンスホール」をYoutubemusicで買ってください。あー、Spotifyでも手に入ると思いますよ。
私は音楽を学んだ人間だけれど、悲しいかな現在は、音楽そのものに執着がない。ただ、
「【コレ】しか聞けない」という時期は確実にある。
コレというか【これら】か。だいたいが一過性のポップソングだ。そう、ぜんぶ思い出せないくらい。しかしその瞬間の私は、「コレを聞く以外なにも出来ない」に近くなる。心が疲れ果てたとき、いつだって助けてくれたのは…ハイテンションな、もしくはメランコリックな、大消費される流行り歌だった。
踊り踊って最後に滑る
2025年の私は、か~~~~なり!頑張って頑張って、踊り狂ったと思う。
履歴書を盛って書きまくり、子どもたちの様子を悟られないように注視し(母親ってそんなもんすよね)、新しい職場で居眠りして怒られ、「大変申し訳ないんだけれど次のシーズンは無しで」と何発目かわからん派遣切りをくらい、メンクリの先生に「ちゃんと上司さんの言うこと聞けたあ?」っつー”他の患者に殺されるぞ”的な発言をかまされ(でも先生のこと好き)、それでもハローワークのページを開こうとして
すっころんで倒れました。
寝転んでつま先を眺めるということ
転ぶと、もう起き上がれなくなる。
仰向けに天井を見上げた、足をあげたくなった。つま先が見える。ああ足の爪の切り方が適当だなあ、でもめんどくさくて直角に切っちゃうんだよな、などと考える。靴下履くからいいかあ、なんて思っちゃってさ?まぁるく綺麗に切れたらいいのに。ネイルだって、手より足指の方がアラが目立たなくて、やれば楽しいのに。
ああ、そんな素敵なこと、今は
今は、ひとっっっっっっっつ もできない。
「ダンスホール」がループ再生され続ける。
いつだって大丈夫 この世界はダンスホール 今日も又おこられる 不器用だけど笑ってもらえるように笑う
わたしという生き物
この1年で得た教訓など、特にない。
ないが、私は「踊り続けなければ」死ぬタイプだし、「空回りしてるのがデフォ」な人間である…ということだけは、骨の髄からよくわかった。私の生きざまを笑うだろう、今までもこれからも。きっと、たくさんの人が。
でもね、でもね、これってさ、まあ悲劇といえば悲劇の人なんだけど、
“日々しがみついて、旨味をしゃぶり尽くす“
結構、楽しい人生なんじゃない?
1年前の私へ。今、私はそう思ってるよ。