昨日の夜、迷いに迷って2月猿若祭歌舞伎のチケットをとる。チケット松竹は席番号まで指定できるからこそ悩む悩む。どの等級が空いてるかはわかるんだけど、一等席だからといってどこでもいいわけではなく、そこなら二等の最前が空いてたらその方が…とか、まさか三等のここ空いてるなら回数増やそうかなとか色んな吟味があるので観劇可能な全日程をポチポチするのです。
チケットは普通に高い(価値どうこうではなく単に数字としての話)。歌舞伎では「めっちゃいい席」じゃない値段でも、いいアフタヌーンティーに行けちゃう。ハレの趣味ジャンルこそ吟味。チケット取ったしたのしみ。
インターネットをみてるとみんなアルハンブラつけて(ここ数週はカルティエトリニティ)プリーツプリーズかmaneきて靴はtabiバッグはカンノーロみたいな錯覚をしちゃいそう。
なんかしらキラキラは欲しいのと、適当なバッグを探しているのでこういう情報が流れてきている。上記は『これ揃えとけば無難な感じ』に思えたので憧れではないっぽい。憧れに出会って毎日キラキラをつけたい気持ちがある。
会社の仲良い人たちとおしゃべりしてて『⚫︎歳の節目に買いたいジュエリー』で盛り上がる。インターネットに住んでるおかげで無駄に知識が多くピックアップの役に立ててよかった。似合いそうなのものを勝手にいうの楽しい。
結論「節目だから欲しい」は、やはりピンとこない。12月にめでたさきっかけでカレ買ったのは非常に満足しているので、今後もなにかめでたいときには記念品を買うかも。
誕生日は特段めでたくないんだよな。毎年くるし、予想通りの年齢になるし、そのために何かしてるわけでもないし。もちろん生きてる喜びとかあるとは思うんすけども……。みたいな謎なことを考えました。
インターネットにはのめり込むのがうまいひとがたくさんおり、のめり込むのが得意でなく憧れてしまう自覚がある私は、たのしみだったり憧れだったりも本当に自分が思っているのか?情報との接触効果では?って気持ちをもつことがあります。
人の影響をうけてよかったことも多いので軽率に楽しみつつ、最後は自分で決めることでよしとしようと思いました。謎な話だけどこういうこと考えることで救われる日もあります。
「難しいこと考えずにゆっくり休む」は一般的な表現だと思うのだけど、考えないことがゆっくり休むこととイコールなのかがよくわからない。気を落とすようなことばかりを考えないように、の文脈はわかるのですが、他のこと考えちゃわない?温泉旅行とかのよさもここら辺に繋がるのかな、まだ分からない感覚(シンプル大浴場が嫌いなだけかもしれない)