
東方SF合同誌「夢現理論の臨界点」の主催から組版の依頼があり、やりとりしていたところ装幀もあわせて担当できるかという打診があった。部数・頁数・参加人数ともに同人誌としてはかなりのものなので、責任はそれなりに重い。とはいえ、組版と装幀を同時に担当するとコミュニケーションコストが減り、設計思想を成果物に反映しやすくなる。単に装幀という機能を提供するだけでなく、「東方SF」をいち参加者として装幀の形で表現するのも楽しそうだと思い、お受けすることにした。

まずはコンテンツとしてのイメージを固めたかったので、象徴的な部分であるタイトルロゴから考え始めた。わかりやすくSF的でありつつも東洋的な雰囲気を出そうとした結果、ネオンサインか、さもなくばメガコーポレーションの無機質なロゴかというあたりに落ち着いた。装幀全体の雰囲気がここで固まったのはありがたかった。
ネオンサイン案になっていたら、ざらりとした紙にクラシックな書体を合わせていただろうか。それこそブレードランナーに代表されるような強烈なイメージを伴うコンセプトであるから、装画との合わせ込みはかなり大変だっただろうと思う。

そうこうしている間にタイトルが「夢現理論の臨界点」に決まり、タイトルロゴを本格的に作り始めた。ロゴの文字にはメガコーポ的無機質さをもたせたかったので、基本的にはグリッドにきっちり嵌め込む方針とし、斜線の着地位置以外の視覚補正はしていない。加えて東洋の雰囲気を取り込むため、隷書の波磔からヒントを得てロゴの横画を1文字につき1画だけ斜めに切り落とすことにした。バランスの都合で本来波磔のあるべき位置とは異なる場所においた字もあるが、雰囲気が大きく変わるのが見てとれよう。

ロゴを作りながら見えてきた方向性を本全体のコンセプトとして落とし込むにあたり、これはある種のパッケージデザインではないかと思い至った。合同誌というのはコンテンツが主体であって、装幀はまずはそのパッケージにすぎない。このパッケージというコンセプトは巨大メガコーポ的な雰囲気と実際相性がよいのではないか。宇宙産業にしても鉱工業にしても、巨大産業のビジュアルアイデンティティはあらゆるスケールでシステマティックに展開され、一種荒涼とした空気を纏っている。基本的には黒子に徹しつつ、ふとした瞬間にヒューマンスケールを超越した荒々しさが垣間見える、そうした方向で装幀を考え始めた。
ロゴの検討と同時期に、kajatony氏による装画のラフがあがってきた。当初は文字を横一列に並べるつもりでいたが、それでは装画の縦構図を殺してしまう。丁度画面左に大きなシャドウがあったので、ここにロゴや作者一覧を差し込むことにした。画面の中での文字と装画の情報量がうまくバランスしたのではなかろうか。

表紙や見返し、中表紙など、すべてのマージンは本文のマージンと揃えた。本文と表紙の寸法を揃え、さらに細い罫線を共通の視覚的な要素として用いることで、ロゴが装画の上に透明なシートとして浮いているような表現をめざした。電子コンテンツ全盛時代、そうでなくとも表紙と本文の分離発注が同人誌にも広まりつつある時代において、本文と装幀を同時に担当する機会をいただいたからにはぜひ両者の間に関係をもたせたいと思った結果でもある。

カバーにはラフグロス系の紙を採用し、ロゴ部分のみニス版をヌキにしたことにより、光の反射特性の違いでロゴが浮き立って見えるようにしている。日本画における胡粉と似たようなものだと考えていただきたい。予算からいえば箔押しやエンボス加工などもできたであろうが、装幀が装画を食ってしまってはいけないのでこれくらいの慎ましさがよいのではないかと考えた。普段は目立たず、机の隅に置いたときなど、ふとした瞬間にロゴがぼんやりと光って見えるような仕上がりになった。副次的な効果として、ラフグロス系の紙にグロスニスをかけたことにより質感のあるなめらかな手触りを得ることもできた。
カバーに関してはなるべくデザインは透明であろうと努めたが、いっぽうで装幀が唯一独断で遊んでよい(と主催から許可されたと理解している)のが、いわゆるカバー裏である。今回は部数が多いので、小部数なら通らないリクエストも現実的な選択肢としてあがってくる。とはいえ、表紙よりコスト高になるのもそれはそれで平仄が合わないのでハード面は平易なものに抑えつつ、データ作成側にコストをかけることにした。同人誌において、カバー裏は読者と作者の間にのみ共有される秘密である。そう思って頒布開始からしばらくはこれについて言及しなかったが、1年ほど経ったことだしそろそろ良いだろう。
カバー裏をデザインするにあたり、タイトルロゴという共通の視覚要素をカバーと同じ位置におきつつも、単なるカラーバリエーションにとどまらない振れ幅を出す、さらにいえば全く別物として見えるようにした。同じ要素が同じ位置に印刷されてはいるものの、実際に手にとってみると印象は大きく異なっているはずだ。装画に対する透明さを優先した表紙に対し、カバー裏は半透明のパッケージを透かして見るような物質感がテーマである。

表紙側はカバーと同じ位置にタイトルロゴを置き、裏表紙側はタイトルロゴをマージンいっぱいに配置した。スケールを大きく違えることで、ヒューマンスケールからかけ離れたメガコーポのコーポレートアイデンティティのイメージを表現しようという試みである。カバー裏の文字の可読性を気にしなくてよいのは同人誌ならではといえる。商業出版ではカバーを剥がされてもある程度本として機能する必要があるが、同人誌ではそうした制約はない。
印刷技術の詳細は別稿に譲るが、詳細を少しだけ。カバー裏のデータは、発光するロゴデータの上に半透明の波打つ平面を置いた状態をBlenderでレンダリングして作成した。当初Photoshopによるレンズブラーなども試したが、現象を直接シミュレーションすると明らかに説得力が違う。計算機の速い時代でよかったと思う。

ここまで、まずは本の外側の設計について概観してきた。本の内側の設計や組版、技術的な詳細などについては、次稿以降に譲ることとする。