24.2.3-4 長く短い祭り

ぱろ
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久しぶりになんの予定もない土日だった。

特に買い物する用事もないしなんとなく映画館に行く気も起きなかったので、カフェをはしごして資格勉強と読書をして家でゲームオブスローンズ(やっとシーズン2に突入)を観てちょっとピアノ弾いて寝る、を二日続けてやった。

気楽だが時間潰しの感覚がある。GWや夏季休暇にはこれの巨大版みたいな焦燥感に襲われる。長い労働生活の中の貴重な休日をいかに充実して過ごすか、すべての選択はお前に掛かっている、みたいなプレッシャーである。

「土曜日が晴天だと嫌な気持ちになる」という話を人にすると、わかる〜と返してくれる派と何言ってるのか意味がわからんという顔をする派に反応が二極化する。晴れの土曜日、嫌じゃないですか?さあお出かけ日和だよ✨外に出て充実した時間を過ごしてね✨という圧を感じ、こっちは昼過ぎに起きたし何の予定もねえよ、という気持ちになる。で外界のプレッシャーに負けて渋々着替えて新宿や有楽町をウロウロしたりする。これが寒い雨の日なら引きこもる言い訳になって、いくらでも家でホラー映画が観れるのに。

一人で充実した一日を過ごすのは意外と難しい。既存の選択肢しか出てこないのでパターンが限られてくる。そうすると最初は楽しくてもだんだん飽きてくるのだった。

このまま一人で生きていると、行ったことある駅の行ったことあるカフェでコーヒーを飲んで、読んだことある作者の本を読んで食べたことあるご飯を食べて起きたままの形のベッドに戻って寝る、をずっと繰り返すような気がする。週7日のうちの2日間の休みは短いが、ずっと一人で過ごすには長い。

↓以下は今読んでる本への所感

塚本邦雄『紺青の別れ』を読んでいる。

妹から誕プレでもらったもので、「三島文学の系譜だからお姉ちゃんは好きだと思う」という理由で選んでくれたらしい。結果、本当に好みドンピシャで気絶している。

美しい男と男!!!!耽美!!!!愛と死!!!!!!!!!というパワーが強すぎる。塚本邦雄が歌人だからか、三島よりもモチーフがごてごて置かれる印象で、枯れた椿の花とか亡き女王のためのパヴァーヌのレコードとかのお耽美アイテムが冗談かというぐらい散りばめられてて面白い。お腹いっぱいだよ。美しい男を牡鹿や孔雀や少女歌劇のバイロン卿などに例え、愛憎の果てに湖の底や豪邸の地下室などで破滅させる執念、恐れ入る。

短編のうちでも特に『蘭』が衝撃だった。私はなぜか父親-息子の複雑な愛憎を描いた話が好きで、漱石『彼岸過迄』の須永の話やポール・オースター『死者の書』などが刺さるのだが、『蘭』はそれらに匹敵するインパクトがあった。

妹がサーチしてくれなければ私はこれを生涯読まなかった可能性があるのが怖い。やはり人と関わって自分の知らん選択肢を増やすことは自分のために必要だと思う。

余談だが、私の好きな父子関係の表象は家父長制に深く根付くので、社会で家父長制が解体されればされるほど私の好きな表象は減っていくことになる(好きな作品が軒並み古いのもそのせいだと思われる)。しかし家父長制に基づいた男-男関係の耽美フィクションはもう十分過ぎるくらいあるので、家父長制はさっさと解体されるべきである。

@paro26
雑日記