読書メモ:Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)

pat
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公開:2023/11/21

 web小説における最近のトレンドの一つとして、現代ダンジョンものというものがある。舞台設定として主に現代~近未来の日本をベースに、「ゲーム的なダンジョン」という概念を足したもの、という説明が簡潔だろうか。「ダンジョンが出現して色々と変わってしまった世界でーー」という感じの導入が多いが、本作はその「ダンジョンが出現して色々と変わってしまいつつある世界」という、現代ダンジョンものの前提の部分に強くフォーカスを当てたものになる。

 現代日本にある日唐突にダンジョンができたらどうなるだろうか? 当然起きるであろう種々の法的・政治的な問題や、ダンジョン産の資源・超自然的な物品をめぐる利権等の扱い、ダンジョンにより強化された人間が起こす問題などについて触れつつ、現代ダンジョンものにおいてよくある「ゲーム的な」世界が立ち現れていくことについても道筋をつけていく。論理的な飛躍が少なく仮説と検証のサイクルを積み重ねていくあたりと、中盤から登場する「ダンジョン側の存在」の行動指針及びそれらとのコンタクトに伴う絶妙なズレが生じさせる不気味さなど、web小説的な雑多さを保ちつつ、伝統的なSFのような読み味だ。急速にもたらされる変化をコントロールしようという試みが次々に失敗し、社会が混乱していくクライシスもの、という捉え方もできるが、なにしろ変化を起こしているのは主人公サイドで、彼らはどちらかというとポジティブであるためどこか能天気ですらある。

 ゲーム的な能力が得られる「スキル」を修得するためのアイテムの賞味期限は24時間弱、しかも修得前は名前しかわからない状態なので危なそうな名前を持つやつは動物で実験したり憎い人間に使う、などの人間的汚さとか、ダンジョンがもたらした個人識別カードにどうやら英語でコマンド入力ができるらしい、ということが分かってインターネットの匿名たちが辞書総当たりで試しはじめた時の、不明な部分は多いが確実に世界が変わりつつあることへの熱狂の表現がうまい。

 文章表現の特徴としては、作中の登場人物にオタク気質の人間が多いことも手伝って引用が頻発する。かなり丁寧に脚注が付けられているので作者の趣味も若干混じっているかも知れない。ちょっとした地口から解題に食い込んだりするのはやや人を選ぶだろうか。

 主人公はブラック企業勤めというバックグラウンドはあるものの、導入部の段階で棚ぼた的に強さを手に入れ、そのまま序盤のビッグディールで莫大な金銭を得てしまうので、成り上がりものとしては数話で完成してしまっており、主人公周りに物語を動かす切羽詰まった動機がない、という問題点? に対しては、劇中でもたびたび触れられている。そのたび「面白いことがしたい」という行動原理が内外から説明されるのだが、どうもこれに熱が伴わっていない印象もある。この動機の弱さに反した文化英雄ばりの過激な行動のちぐはぐさについてはそのうち作中で説明付けられそうな気もするが……(ダンジョンのことについて、作中の文脈を無視して「正解」を言い当てる描写が複数回あることからも、どの辺のメタレベルかはともかく主人公には物語世界を先に進める者としてのロールが与えられていることが窺える)

 主人公のキャラクターが現代ダンジョンものによくいる、責任を避けるが我欲は通す、公的な栄誉や地位を避けるわりに私的なそれはきっちりと取っていく、みたいな人物像をしているのは個人的には好ましくない。現代ダンジョンものはご都合主義に立脚している作品が多いためか、現実の事象におけるメリットデメリット両面ある出来事のメリットだけを掠め取っていく主人公像はある程度スタンダードなもので、本作は現代ダンジョンものとしてはちょっとした変化球ではあるもののキャラ付けに関してはジャンルの他作品に近い味付けと感じる。

 これを書いている2023年11月の時点で物語はいよいよ佳境に入っているが、書籍化に伴いweb版の更新は極めてスローになっているので完結するかどうかは半々。