技術は手段。非常によく聞くフレーズ。実際合ってるとは思う。だけどぼんやり思っている反論みたいなものをまとめたい。
意思決定は間違っているかもしれない
営利活動である以上、お客様の課題を解くことが売上になるはずである。
一方で課題が常に合っているかはわからない。ましてや解決方法が常に最善かはわからない。時間が進むと解決方法が変わるかもしれない。課題設定は合っていたとしても解く順番が違うかもしれない。
そんなときに、技術は余地を作る。他のアプローチでもう一度チャレンジする、今までにない解決策を取る、時間的制約を諦めない。ソフトウェア開発では変更容易性というキーワードもよく使われるが、それも余地の一種だと思う。
どんな課題がどんな順番でやってくるかはわからない。しかもそれには時間的な制約が存在する。1年かけて改善するようではもう遅いかもしれない。
技術は将来の見えない課題に対して早くよりよい解決策を提供するための力となり得る。
必要なものをただ提供する。は楽しくない
こちらはもっとエモーショナルな観点。確かに価値になるものをつくりだすのは難しく尊いことだが、あまりにそれに先鋭させると気持ち的な遊びがなくなるのである。
発想として、「今誰も見つけていないが、自分たちがより新しい解法を見つける」とはなりにくい。次第に「あの人がこう言っている方法を、何かしら実装すればいい」となっていく。
そうなっていくとモノを作り出すことからタスクを進行することにシフトしていく。受託マインドになるのである。(もちろん一概には悪いわけではない)
自分が働いているチームや対面する人がそんな発想だと冷めるのである。リスペクトのない人と思ってしまう。
必要なものを提供していく、もっといい方法を自分たちが探索して提案していく。そのために手段のプロフェッショナルとして技術を磨いていきたい。