日付をこの場所として

遠 足
·

名前、それがあるかぎり森はうつろうことができない。トロイメライの第2音が鳴り始めた時点で、そうマルカナが呟く。マルカナの喉の震えは、マルカナが持つ唯一の美しさだった。そして私は、0を波に写し取るこの仕事に、既に飽き飽きしていた。それだけの動機によって、マルカナの喉へと、私は指で触れたのだった。喉元は仄温かくて、かえってこの指の冷たさを顕らかにするようだった。私が眠るのは、私が変身できないから。私の顔をまっすぐと見つめながら、マルカナがそう言う。トロイメライは第27小節目を奏でていた。マルカナと触れる爪先から、第1関節、第2関節へと、私の指は透明な水生動物のように透き通っていく。いつもと変わらない真っ白な空へと、私は視線を逸らした。あ、これではいけない。次の波がそこまで近づいている。喉から指を離す。私は砂を踏みしめて波へと向かう。マルカナは軽蔑したような顔をして、同じように波へと意識を戻していった。

その日、なんてものはここには無くて、ただ遠い噂話としてのみ、私達には聴こえていた。トロイメライの演奏が終わるとき、紫色の声がやってきて、それが波の終わりを告げた。マルカナは私に一瞥もくれず、私の後ろを行き過ぎていった。波に濡れた私の指は透き通ったままだ。空の白に指を透かすと、指の内部はまばらな星のように、細い反射光をいくつか走らせた。紫色の声が、私に近寄ってきて言う。数の519をデモンストレーションとしてピンセットで解体しようか、それとも熱い憂鬱から順番に飾り付けてしまおうか。後者には少し惹かれながら、いつものように紫色の声を無視して、私はマルカナの行った方角とは反対側に歩き出した。

@picnic
わおわおわお ブルンブルン