六本木交差点近くのカフェを出て、外苑東通りを青山方面に向かって歩く。時刻は17時前。いま突然この場で目を覚ましたなら、まだ日中かと錯覚するくらいに空はまだ明るい。目的地は新宿。Google map曰く所要時間は一時間十五分。気分はちょっとした小旅行だ。
誰かと二人で歩くとき。足を前に差し出すテンポ、声のボリューム、スピードをチューニングする。それはまるで透明な薄い膜で二人の周囲を覆って簡易的な密室を作っているようだ。薄過ぎず厚過ぎず、また大き過ぎず小さ過ぎず。相手の反応を見ながら会話をするのに心地よい空間を作る。
青山2丁目の交差点を右に曲がり、明治神宮外苑を越える。国立競技場から代々木駅を通り過ぎて、やがてつるつるした密室は終点に到着した。同乗者がぷつりと膜を破って外に出る。ここでお別れだ。
言葉を交わすことはなくなり、代わりに舌を前歯の裏になぞらせる。さっきカフェでおこぼれに預かったショコラテリーヌが歯のくぼみに僅かに残っていた。少しずつ綺麗にチョコレートの破片をこそぎ落とす。舌の先端に触れた欠片は味覚が麻痺するくらいにとても濃厚だった。つい数分前まで過ごした時間を忘れたくなくて、今夜はもう何も食べないだろうと思った。