玄関の鍵を開けて、そろそろと階段を上がる。階上の踊り場でリビングに繋がっているドアのガラス越しに部屋の様子を伺うが、薄暗がりのため誰かいるかどうかは分からない。意を決してカチャリとドアを開ける。刹那、東南アジアの雨季のような、もわっとして生暖かい空気に包まれる。季節の変わり目の気まぐれな寒さから解放されて気持ちが緩むのを感じる。
いくらスマホ越しにコミュニケーションを積み重ねても、それが無意味になってしまうほどに生身の人間から発する存在感の大きさを今更ながらに実感する。ソファに身体を預ける。寝ている人を起こさないように、まるでゲームに興じるかのようにポツリポツリと言葉を交わす。贅沢な時間を噛み締めるあまり、壁にかかっている時計の針は目に入っていなかった。